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光を胸に抱きて #04

#04

あぁ、賊軍の。
そう、あの人斬り集団の。
あれが、悪しき鬼の。

寄り固まり、ひそひそと謗るそんな言葉が背中に聞こえてくる。
それは僕の隣にいた人にも聞こえたようで、あの人によく似た端整な容貌に哀しげな表情を浮かべた。

「…すみません、僕のせいで…」

あの日、あの人と約束したから。
どんなことがあっても俯かない、と自分に誓った。
けれど、真っ直ぐに背筋を伸ばして歩くこの人の背中に投げつけられるその冷たい言葉の数に堪えられず、下を向く。
この人は何も悪くないのに。
あの人によく似た綺麗な容貌に、あの人が最後に見せたものによく似た哀しげな表情に、前を向いてはいられなかった。

「ごめんなさい…」

あの人の命令だったから。
最後の願いだったから。
何も考えずに、ただただひた走って来た。
けれど、本当は来るべきではなかったのかもしれない、と今更思う。
こうなることは、分かっていたのだから。
賊軍である僕が歓迎されないことも。
その賊軍の将であったあの人の家族が、今どんな視線にさらされているのかも。

歩を止めたその人の数歩後ろで、僕も足を止める。
こちらを振り返った気配を感じながら、それでも僕は下を向いているしかなかった。

あぁ、こんな姿をあの人が見たら、きっと叱られるだろうな。
呆れたような、けれど、優しい声で。
諭すように、導くように。

「顔を上げなさい」

そう、こんな風に。
記憶にある声があまりにもはっきりと耳に響き、思わず顔を上げる。
当たり前だけれど、そこにあの人はいなくて。
しかし、あの人によく似た真っ直ぐな眼差しはそこにあった。

「下を向いてはだめよ」

下を向くな、と言ったあの人の声が、再び重なる。

「顔を上げて、堂々としていなさい」

これから先、辛いことがあっても下を向くな。
新撰組隊士であった自分に胸を張れ。
そう言った人の声が、あまりにも鮮明に蘇る。

「賊軍だと謗る人に、何が分かると言うの」
「え?」
「鬼にならざるを得なかった人の辛さを知らない人に、何が分かると言うの」
「……」
「ここまでたった独りで、哀しみと孤独を抱えて走って来た人の痛みを知らない人に、何が分かると言うの」

真っ直ぐな眼差しは、とても力強くて。
まるで、あの人に叱咤されているかのような。
温かいものに全身が包まれる。

「誇りも持たない人の言うことなど、雑音にすらならないわ」

だから、顔を上げて胸を張りなさい、と。
あまりにも綺麗に、穏やかに、優しく微笑むその人の眼差しはやはりあの人によく似ていて。
ツキン、と胸が痛む。
寂しさだとか、哀しみだとか、懐かしさや愛しさがない交ぜになって。
込み上げてくるものを、何とか押し留める。

「言いたいように言わせておきなさい」
「…でも、僕のせいで…あなた方にまで…」

何もかもを包み込んでしまうかのような。
海よりも空よりも広くて深い、温かな心を持っている人。
そんな人だと、出会ってすぐに分かった。
あぁ、確かにあの人と血で繋がっている人なのだ、と。

だからこそ、胸が痛む。
その温かくて優しくて綺麗な心を傷付けてしまうことが、辛い。
どうして僕はもっと思慮深く動けなかったのだろう、と悔しい。

「鉄之助君」

顔を上げろ。
胸を張れ。
そう言われたのに。
情けなさと悔しさに押し潰されそうになり、視線が落ちていく。

そんな僕を呼ぶ声がひどく優しくて、僕は奥歯を噛み締めた。

「鉄之助君、覚悟なさい」

下を向いた僕の視界に、あの人が好きだった梅の柄の着物が入る。
上等な着物が汚れることも厭わずに、地面に膝を着いたその人の白くて細い手が自分に伸びてくるのが見えた。
そして、ふわりと頬を撫でられる。

「これから先、もっと酷いことを言われるわ」
「……」
「でも、下を向いてはだめ。あなたは知っているはずよ。誰に何と言われようと、汚せないものがあることを」
「……」
「あなたの誇りを誇りなさい」

白くて綺麗な掌に頬を撫でられる。
その手つきはとても優しくて。
向けられた眼差しの穏やかさの中に宿る力強い光に、噛み締めていたはずの唇の端から吐息が溢れ落ちる。

「自分の誇りに背を向けてはだめ。その誇りに対して、誇る覚悟をしなさい」
「…っ」
「ただ、辛かったでしょう」

大切なものを傷付けられて、辛かったでしょう。

そう続けたその人の眼差しは、あの人にとてもよく似ていて。
あまりにも似ていて。
堪えていたものが、器から許容量をはるかに超えた水のように零れていく。

「あの子のことを本当に大切に思ってくれているのね。ありがとう」
「…っ、僕…僕は…」
「弟は私の誇りよ。そして、あなたは弟の誇りだったのでしょうね」

生きて欲しいと強く願うほど、大切な存在だった。
あなたが辛い思いをすると知っていても、生きて欲しかった。
だからこそ、自分の故郷に向かわせた。
そこなら、あなたを守れると思ったから。
私たちが、あなたを守るから。

そう言われ、ハッとした。
故郷に帰れと言われても、僕が頷かないことをあの人は誰よりも知っていた。
だから、あえてあの人は自分の故郷に、実姉の元に行けと言ったのだと思っていた。
それなら僕が拒めないだろう、と。

けれど。
あぁ、そうだったのか。
あの人は、どこまで優しいのだろう。

「痛みに耐えて、どんなに辛くてもここまで来てくれたあなたを私は誇りに思うわ」

嗚咽を噛み殺す僕をその人はとても優しく抱きしめてくれた。
それは、最後の命を受けて泣きじゃくる僕を抱きしめてくれたあの人の抱擁に似ていた。

あの人がいつもそうだったように、真っ直ぐにその人の綺麗な瞳を見つめて。
まだ子どもだった僕にあの人たちが教えてくれた、この“誇り”が少しでも伝わるように。
精一杯の、心からの笑顔を浮かべた。

「誰が何と言おうと、僕は真実を知っています」

だって、僕はこの目で全てを見てきたのだから。
あの人がどれほど温かくて優しくて、強くて、繊細で、誰よりも気高くて、美しい人だったのか。
僕は知っているのだから。

「だから、言わせておけばいいんです」

それを知らない誰かが何と言おうとも、決して穢すことのできない存在だと。
知っているのだから。
そう続ければ、あの人が僕によく見せてくれた慈愛に満ちた優しい笑みを、見せてくれた。

  大地にしっかりと立って前を見据えろ、と優しく叱咤する声が聞こえた気がした

(2013.06~2013.07/市村鉄之助+のぶ姉)


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2017-04-08
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