TOP > スポンサー広告 > スポンサーサイト 小説目次 indice - オリジナルBL > クロチャータの烽火を

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------

クロチャータの烽火を

小さいながらも長い歴史の中を生きてきた教会の司祭職に就き、日々繰り返される穏やかで平和な毎日。
それを「退屈だ」と言う人もいるだろうが、ラファエルは幸福を感じていた。
だが、そんなささやかな幸福が今、奪い去られようとしていた。

荒々しく声を上げる男に拘束され、冷たく硬い鉄の塊が米神に押し付けられる。
その無機質な感触に、銃を向けられるのは2回目だな、と内心で小さくため息を落とす。
もはやこれは嘆くべき体質なのか、それとも。

(運命、ですかね…)

闇と出逢ってしまったのだから、と口許に微苦笑を乗せ、片手に持っていた聖書を静かに閉じた。
そして、ゆっくりと唇を開く。

「私に、気安く触れないでいただけませんか」

己に向けた微苦笑の上に、悠然な微笑を重ねて。

「聞こえませんでしたか?」

水を打ったように、静寂に食われた教会。
耳に心地良い凛とした声音だけが、聖歌のように粛々と。
だが、力強く響く。

「この手を退けなさい、無礼者」

満月の白々とした光を浴びながら。
祭壇の前で聖書を朗読するときのものと変わらない穏やかな声音が、清冽な空気をそっと震わせる。
目の前にある壮絶なまでの美しさに、その場にいた誰もが、言葉を失った。
いや、理性を失い激昂した男以外は。

「てめぇ…ッ!殺すぞ!」

厳かで神聖な教会にあるまじき、喧騒。
威嚇のつもりか、男が無造作に撃った弾丸に彫像は破戒され、ステンドグラスにも亀裂が走っている。
だが、神の家を穢されたことへの怒りは不思議と沸いてはこなかった。
無残な姿になった礼拝者用のベンチを横目で見やり、修繕費の請求は誰に突きつければいいのだろうか、と場違いなことを考える。

しかし、激昂している男には、黙り込んだラファエルが恐怖しているように見えたようで。
その顔に余裕を浮かべた。

「はっ!男娼が調子に乗りやがって!」

はいはい、と適当にあしらうように内心で男に返し、ラファエルは笑ってしまいそうになるのを必死に堪えた。
この男の一体どこから、その勝ち誇ったような自信が生れるのか。
自分のことを“男娼”と呼称した男をちらりと見上げ、すでに勝利を確信しているかのようなその顔に半ば感心すらしてしまう。

確かな勝算でもあるのか、それとも、圧倒的な切り札を隠し持っているのか。
どちらであれ、決して逃げられはしないのに、と心の中で苦笑する。

(大きな犠牲を払ったとしても、彼らは決して獲物を逃がしはしないのに)

野性の獣たちは、己の命の安全のために常に引き際を見計らっている。
だが、闇を纏うこの獣たちは。
ブラックスーツに身を包んだこの男たちは、己の命を賭すことを厭わない。
自らの王のために、たとえ地の果てへだろうと駆けるだろう。

(逃げられると思い上がっているのなら、いっそ憐れだ)

自分を拘束している男に内心で辛辣な評価を下し、ラファエルは改めて獣たちを。
いや、黒衣の男たちを見た。
口を噤み、じっとこちらを見据えている彼らの双眸は鋭利な刃のように鋭く、冷徹な光が鈍く煌いている。
それは、ダイヤモンドさえも溶かしてしまう限りなく白に近い青い炎が静かに燃えているかのような。
凄烈で苛烈なその様は、ひどく美しく見えた。

そして、同時に。
僅かでも目を逸らせば、今は巧妙に隠されている獰猛な牙で喉元を食い破られるかのような本能的な恐怖が。
圧倒的な強者を前にした本能的な恐怖と、どこか歓喜に似た戦慄が、ラファエルを襲う。

「今頃は俺のファミリーがてめぇらのドンを葬っているだろうな!てめぇらの屋敷は全壊だ!」

だから、その自信は一体どこから来るのか。
憐憫に近い気持ちで男の怒声を聞き流しながら、この男は全く感じていないのだろうか、と思う。
肌を突き刺す、この本物の。
清冽でいて、荒々しさを秘めた獰猛な。
純粋なまでのこの、殺気を。

「俺が、何だって?」

不意に、極限まで張り詰めていた緊張感が緩む。
しかしそれは、それ以上の緊張感と殺気に焼き切られ、霧散しただけなのだと気付いた者は何人いただろうか。

声だけを聞いていたならば、まるで天気の話をしているかのように穏やかな調子だというのに。
低過ぎない耳に心地良いその声を聞き慣れているはずのラファエルでさえ、ぞくりと全身が粟立った。

あまりにも荘厳な音楽や芸術を前にしたときのような。
あまりにも雄大な自然の中に立ったときのような。
大理石の身廊を悠然とした足取りで歩んでくるその圧倒的な存在に、畏怖と言うに相応しい情動が込み上げてくる。

「き、貴様ッ!何故ここに!?」
「何故?さぁ、何故だろうな」

皮肉げなものでも、嘲笑うものでもなく。
どこか楽しげにさえ見える笑みを薄っすらと口許に浮かべた姿に、ラファエルは瞬きを忘れた。

「あぁ、そういえばお前の屋敷は全壊したそうだぞ」
「な、なんだと!?」
「お前のファミリーは仲良く全滅だ」
「貴様ぁ…ッ!くそ!殺す!」

怒りに震える男の指はトリガーにかけられ、僅かに指を引くだけでその銃口からは死神が放たれる。
銃口が押し付けられている米神をそれが貫けば、間違いなく即死だろう。
そう自覚してもなお、ラファエルに死の恐怖はなかった。

穏やかで平凡で平和な日常を、愛しいと思うことに変わりはない。
だが、“こちら側の世界”で死ぬことを選んだのは、紛れもない自分の意思だった。
ここで殺されたとしても、後悔も恨みもない。

ラファエルは、自分を“こちら側の世界”に堕とした男を見つめる。
真っ直ぐに見つめ返してくる宙色の瞳が、愛を告げるように真摯に語りかけてきた。
「覚悟をしろ」、と。

(そんなもの、あなたの腕の中に堕ちたときにとっくにしています)

マフィアのボスという座に君臨する彼の手を取ったその瞬間に、この命は彼に捧げられたのだから。
饒舌に語る宙色の双眸に、ラファエルはゆるりと微笑みを浮かべて見せた。
あまりにも悠然とした、聖母のそれによく似た優しい微笑みを。

それを向けられた男、ライもまた。
愛する者にのみ捧げられる笑みを口端に乗せた。
しかし、それは一瞬のことで。
ライは口端の笑みを消すと、ラファエルを拘束している男へ鋭い瞳を向けた。
飢えた獣が見せる貪欲なものではなく、誇り高き牙を持つ獰猛な光を宿したそれが、男を射抜く。

息を詰めた気配を、ラファエルは感じた。
男が、ではない。
彼の忠臣である黒衣の男たちも、だ。

「そいつを殺すなら好きにしろ」

そうして、誰もが無意識に息を詰める中。
ライは淡々とした口調でそう言い放った。
それはまさしく、断罪を告げる神のそれのようで。
ラファエルは、神でさえも畏怖し、目を瞠るだろうその美しさに瞳を細めた。

呼吸すら憚られるほどの、圧倒的で壮絶な存在感。
その姿は、まるで。
まるで、雷雨を操り、正義も秩序も法すらも支配した最高神。
ゼウスそのもの。

「あぁ、訂正することがあったな。そいつは男娼でも愛人でもない。俺の恋人だ」

ライは、男の神経を逆撫でするには十分な挑発を投げつける。
タイミングを見誤れば、ラファエルの米神は撃ち抜かれるだろう。
あまりにも危険なライのその言動に、己の王には忠実である男たちもさすがに困惑を顔に浮かべる。
だが、ラファエルだけは揺らぐことのない眼差しをライに向けていた。

(全く、お前は何度俺を惚れさせるつもりだ?)

ラファエルの眼差しを受け止めながら、ライは愛銃を手にする。
そして、その銃口を男に向けた。

(そう、それでいいんです)

脅しではなく、照準をぴたりと男に合わせているライを見つめ、ラファエルはそっと笑みを落とす。
最高神ゼウスに導かれ死ぬのなら、それは異端の使徒の継承者として誇りある最期ではないか。
恐怖ではなく、歓喜が胸を満たすのを感じた。

間違っているのかもしれない。
だが、自分にとっては決して過ちではない、と思う。
むしろ、もしも彼がこの状況に取り乱し、この命を請うようなことがあれば。
自分は彼を許さなかっただろう。

(私は、あなたに護られるだけの存在なんてごめんです)

誰よりも死に近い世界で生きる彼を護る力も術も自分にはない。
どれほど愛していたとしても、どれほど祈りを捧げたとしても、隣に立つことができない自分には彼を護ることができない。
だからこそ、ラファエルは護られることを拒絶したのだ。

対等にはなれなくとも、対等であろうとすることを許して欲しい。
彼にそう言ったのは、いつだったか。

「恋人を見殺しにするのか!?最低な男だな!」
「一部同感しますが、残念ながら見殺しにされるわけではありません」

徐に口を開き、そう言い終わるか終わらないか。
1発の銃声が、ラファエルの耳を劈く。
視界が傾ぎ、次の瞬間に感じた鈍い痛みに、思わず息が詰まる。

「ラファ!」

目の前で大理石の床に強かに身体を打ちつけたラファエルに、ライは硝煙を上げる愛銃を放り投げて駆け寄った。
数秒前までは人間であったものに拘束されている細い身体を抱き起こす。

「ラファエル、怪我はないな?」
「えぇ、大丈夫です」

肩から落ちてしまったストラを拾い上げ、何事もなかったかのようにそれを元の位置に戻すラファエルにライはほっと安堵の息を吐き出した。
腰を打ちつけたようだが、祭服の裾を手で払い、凛と背筋を伸ばし立つ彼にライだけではなく、事の成行きをただ見守ることしかできなかった男たちも瞠目する。

「あなたたちに怪我はありませんか?」
「あ、あぁ…巻き込んで、悪かった」

濃い硝煙と血の匂いに馴染んだトワレの香りを感じ、ラファエルは、危険性を背負う覚悟はしています、と返した。

「あなただって、覚悟しろと仰ったじゃないですか」
「それはそうだが…頭では理解していても、駄目だな。恐怖で震えるなんざ、初めてだ…」

まさか。
冗談を、と笑おうとしたラファエルは伸びてきた腕に捕らわれ、苦しいほど抱きしめられる。
だからこそ、気付いた。
後頭部を包み込む大きな掌が、額に触れている肩口が、微かに震えていることに。
触れ合う部分から伝わる彼の鼓動が、悲鳴を上げるように忙しなく刻まれていることに。

この人が、恐怖を抱いた?
ゼウスのような傲慢さと威厳を常に纏う、闇の人が?
私が人質に取られたくらいで?

「私が、殺されることに対してですか?」
「あぁ」
「あなたが、私を殺すことに対してですか?」
「…あぁ」

幼子のように素直に返してくるライに、ラファエルは小さく笑った。
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる腕に応えるように、そっと彼の背中に腕を回す。

「あなたにも恐いと思うことがあったんですね」
「あるさ。俺は、お前のことになると臆病になるんだ」

手離すまい、と言うかのようなライの抱擁に身を委ね、ラファエルは肩口に顔を埋めたまま、ひとつ深く呼吸をした。
硝煙と血とトワレと煙草。
神聖な場所にはあまりにも不釣合いなそれを吸い込み、静かに切り出した。

「私を殺してくれると約束してくれたのは誰ですか?」
「それは俺が死ぬときだろう。お前ひとりを失うなど、考えたくもない」
「言ったはずです。私は、護られるだけの存在でありたくない、と」

抱擁から抜け出し、ライと向き合う。
見下ろしてくる彼は、何千というファミリーの頂点に立つ者とは思えないほどに優しい瞳をしていた。

「地獄で、あなたを待っていてあげますよ」
「だが、俺のせいでお前は…」
「それこそ今更です。あなたのせいで、私の人生はとうの昔に無茶苦茶です」

覚悟など、していた。
誰かに、たとえば、この男に殺される覚悟など。
出逢ってしまったその瞬間に。
両親を殺したマフィアという憎むべき世界に棲むこの男を、それでも愛してしまったその瞬間に。

そして。
逃れられない運命があることを、知ってしまったのだ。

「私は、あなたが殺されることのほうが、ずっと恐い」
「ラファ…」
「あなたに護られて、あなたの弱みになることのほうが、恐い」

内面から迸る壮絶なまでの美しさ。
それは血に濡れようが、泥に塗れようが決して穢されることがない。
いや、決して穢せない美しさだ。

直視できないほどの眩しさに、ライは思わず目を伏せそうになった。
しかし、逸らしてはいけないと己に言い聞かせ、武器などそこには必要のない真の強さを秘めた眼差しを受け止める。

「私があなたの歩みを阻む存在になることがあれば、躊躇などしないで見捨ててください」

躊躇なく、その手で殺してください。

残酷で背徳的で。
だが、それ以上に。
甘美な願いを口にするラファエルに、ライは恐怖ではない震えを抑え切れない手で彼の両頬を包み込んだ。

「…お前は、本当に…どこまで俺を惚れさせるつもりだ」

歓喜と苦悩と葛藤が入り交じる複雑なライの表情は、どこか泣きそうなものにも見えた。
ラファエルは、自分の頬を包み込む彼の手の上に己のそれを重ねる。

「私は自分の血に濡れることなど、厭いません」
「…あぁ」
「あなたは、私の血に濡れる覚悟をしてください」

淀みなく、聖書の一節を朗読するかのように粛々と紡がれる言葉に、ライは込み上げる愛しさで胸が痛むことを初めて知った。
いつか業火に焼かれるこの身を、捧げたい、と切に思う。
業と罪と掟に縛られたこの不自由な身体は死しても自由を得ることは敵わないが、それでも。
いずれ必ず来る、最期の瞬間だけは。

「ラファエル…最愛の天使、」

穏やかで平凡な日常を理不尽に奪われ、目の前で1人の人間が殺されたというのに。
黒曜石の輝きは決して翳ることがない。
業と罪が絡みつく、血に濡れた己に何の躊躇もなくその白く細い手で触れてくる。

ラファエルの滑らかな白い肌の頬を汚す鮮血を指の腹で拭いながら。
薄い笑みを象る唇に、口付ける。

それは、厳かでいて、神聖な誓いの瞬間。
何と神々しく、美しいのだろうか。
その場にいた誰もが、罅割れたステンドグラスの下で月光を浴びる彼らの姿に息を飲む。

「ディアナに守護された、天空の最高神と光の大天使か…」

誰かの呟きに、男たちは頷き合った。

神々の頂点に君臨する神をも従わせる、王たる男。
地獄の案内者の称号を持つ天使の名を授かった、美しい青年。
互いの存在を確かめ、確乎たるものにするかのように寄り添うその姿は。
完璧な計算の元で想定されていたものであるかのように、そこにあった。

そして。
愚かなと嘆き疲れて黙する神の隣で、声高に笑う悪魔の祝福の声を聞いた気がした。

  愚行に哂う神よ、幸に噎び泣くこの美しい天使の姿を見ているがいい


web拍手 by FC2

***
ボスは何だかんだで自分の世界に巻き込むことに負い目がありそう。
でも、ラファエルは「今更そんなもの」って笑って許してしまいそうな…そんな包容力がある人です。
ボスはしっかりすっかり嫁の尻に敷かれています(笑)

クロチャータ(crociata/イタリア語)=聖戦
2009年3月14日マフィアっぽいのが書きたくて初出/マフィアって何だろう…2013年8月5日再出


*ブラウザバックでお戻りください


スポンサーサイト
2013-08-05
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。