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不器用なピロス

近代的なビルの中に調和する重厚な扉を開ければ、アルプス山脈を望むことのできるフィックス窓から差し込む陽光が溢れ出てくる。
その光が柔らかいだけのものではないのは、ここが玉座の置かれている神聖な空間だからか。
それとも。
そこに座すことを許された王の纏う圧倒的な存在感に、本能的な畏怖を抱くからか。

どちらも是だろう、と岬は微苦笑を口端に乗せ、そこに足を踏み入れた。
玉座のある場所。
己の主の、執務室に。

(…いや、今は私の執務室でもあるか)

広い執務室の毛足の長い絨毯の上には、美しい木目の机が2つ。
1つは、主であるヴィルフリートのもの。
1つは、自分のもの。
上司とその秘書の机が並ぶその光景に初めの頃こそ違和感に襲われていたが、いつの間にか見慣れたものになってしまった。

今では、ごく自然に当たり前だと感じているのだから、人間の順応力とは恐ろしいものだ。
そう内心で微苦笑を落とし、岬はもう1つの見慣れた光景に視線を向けた。

(不遜であるべき人、と言っていたのは誰だっただろう)

玉座に深く腰掛け、窓から差し込む光を背後に従わせているその堂々たる姿。
ただそこに居るだけで、周りにあるあらゆるものを自ら跪かせる威厳を纏っている。
まさに、権力者と眷属者を明確に分ける存在。
あぁ、確かに彼は不遜なのではなく。
そう在るべき人なのだ、と思う。

(その威圧感が今日はまた特に…。3割増し…いや、4割増しか)

小さなため息を足元に落とし、岬は抱えていたファイルの束を自分の机の上にドサリと置いた。
そして、椅子には向かわず。
主の執務机に、歩み寄る。

端整な顔を僅かに伏せ、書類に目を落としている自分のボス。
艶やかな黒髪が背後からの光を食み、煌いている。
伏せていることで明度を落としたセルリアン・ブルーの瞳は、夜と朝が交じり合う不思議な色になり、長く節だった指が書類を捲っていく。

(綺麗だ…)

純粋に、そう思う。
美しい、と。
女性的な繊細なものではない。
男性としての力強い美しさだ。
本能的な恐怖を感じさせるほどの。
強固で厳格な城郭や獰猛で賢い獣、雄大で荘厳な自然を前にしたときに感じるものに似た美しさだ。

しかし、岬はそこに普段にはない僅かな翳りを見つけた。
見つけようと思って見つけたわけではない。
意識とは別の領域にある何かが、自分にそれを訴えてくる。

(全く、この人は…)

射抜くように鋭い瞳は、鋭利な刃物のような鈍い光りを宿して手元の書類を睨みつけている。
それは、常と何ら変わらない表情。
だが、“違う”、と確信する。

「やれやれ」と内心で何度目かのため息を落とし、岬はテリトリーに侵入しようとする者を無意識に拒絶している威圧感に抗いながら、ヴィルフリートの前に立った。

「社長」
「………」
「社長、」
「……何だ」

鬱陶しげに書類から顔を上げたヴィルフリートの双眸に射抜かれたのが岬でなければ、呼吸さえもできなくなっていただろう。
野生動物のそれと同じように、圧倒的な強者を前にした恐怖で。

しかし、今彼の前に立ち、その双眸を見つめているのは岬だ。
出会ったばかりの頃こそ本能的な恐怖に慄きもしたが、決して短くはない時間を共有してきた。
全く何も感じないと言えば嘘になるが、目の前の男の存在感に飲み込まれることはない。

「機嫌が悪そうだ」、「苛ついているに違いない」と第三者が表現するであろう彼の表情を読み誤ることも。
それこそ、4割に増しになった威圧感の原因がそうではないことにも。
気付けないような、浅い関係ではないのだから。

「何だ、ではありません。あなたの逆鱗に触れたのでは、と皆が戦々恐々としていますよ」
「は?」
「全く、子どもではないのですから…サンドイッチ、食べてくださいと私は申しましたよね?」
「……」

書類の山に追いやられ、広い机の端で寂しそうにこちらを見ている野菜サンドと目が合う。
すっかり乾いてしまったレタスが萎んでいる姿が、あまりにも哀れだ。

「一切れも手をつけていないじゃないですか」
「…岬が作ってくれたものなら食う」
「またそんな我がままを」

叱られた幼子が気まずそうに何か他事をして誤魔化そうとするかのように、徐に取り出された煙草のケースを奪い取る。
「何をするんだ」と言いたげな視線は受け流し、それを自分のスーツの胸ポケットに入れた。

世界に名を馳せる大企業のトップに君臨する男の、こんな子どもっぽい表情を知っているのはきっと自分だけだろう。
そんな優越感にそっと口許を緩め、岬はヴィルフリートの手から書類も奪う。
普段なら数分で片付けてしまうものを、一体何十分かけて読んでいたのか。

「おい、何をする」
「何が食べたいですか?」

ハンガーラックに掛けられていたジャケットを取り、それを渡してやる。
突然何を言い出すんだ、と疑問符を飛ばしているヴィルフリートに苦笑し、岬は「帰りますよ」と付け加えた。

「いや、仕事は…」
「熱心なのはいいことですが、優先事項を見誤らないでください」

今優先すべきは、書類ではない。
そう言う岬に、ヴィルフリートは一瞬瞠目した後、ふいっと彼から視線を泳がせた。
差し出されたジャケットを受け取り、敵わないな、と呟く。

「いつ気付いた?」
「先ほど」

昨夜にはすでに、自分の意識とは別の領域にある何かが小さな違和を訴えていたことは言わずに。
ヴィルフリートと自分の机の上を手際よく片付け、岬は自分と彼の鞄を手にした。

「煙草の味が、いつもとは違うように感じませんでしたか?」

いつもと同じはずのコーヒーも。
そう続けられ、ヴィルフリートは思わず岬を見た。

ポーカーフェイスというよりは表情の変化に乏しい自分の表情は、見ている者に感情を悟らせない。
余程意識をするか。
あるいは、岬を前にしているときでもなければ、変化はほとんどないと言ってもいい。
だが、確かに今日の自分は、愛飲している煙草の味が、岬が淹れるコーヒーの味が、「違う」と感じていた。
しかし、それを表情に出した覚えはない。
うっかり表面に出てしまうような感情豊かな人間ではないことも、誰よりも自分が理解している。

何気ないはずのその瞬間を見られていたことに驚いたが、それ以上に。
岬の観察力に。
いや、自分の表情には出ていない感情を読み取ってしまう岬に、驚きが隠せない。

秘書として常に冷静に、客観的に物事を見据えているからなのか。
それとも。
かつて彼が仕えていた支社長が、手離したくないと泣いて懇願したほどに優秀過ぎるこの秘書は、読心術でも心得ているのか。

「分かりますよ。あなたが何を考えているかくらい」

絶妙なタイミングで口を開いた岬に、後者だったかとヴィルフリートは驚きの眼差しを向けたまま、「さすが岬だ」と返す。

肩を並べて同じ場所に立ち、同じ方向を見つめ、同じ道を同じ歩幅で歩んでいける存在が欲しかった。
ずっと、そんな存在を探してた。
そうして、それを叶える“四ノ宮岬”という唯一の存在を遠い島国で見つけた。
初めて心から渇望したその存在を手に入れるために、持ち得る全ての権力を使ったのも、その権力に初めて感謝したのも記憶に新しい。
今改めて、彼と出逢えたことに。
彼をあの島国から連れ出すことのできた己の権力に、感謝する。

(俺は、優秀な秘書と最高のパートナーを同時に手に入れることができたのか)

これ以上の贅沢はない、と思う。
他に望むこともない。
たとえば、岬と今持っている全ての地位や権力、金を天秤にかけたとき。
何の迷いも躊躇もなく、岬を選ぶ、という確信がある。

「岬、」
「はい、何ですか?」
「“有り難う”」

彼の生まれ育った東の島国の言葉で言えば、ふわりとした柔らかな笑みが浮かべられる。
そして、白く細い手が伸ばされてくる。
ひんやりと冷たいそれが、頬に触れた。

「あまり、心配させないでくださいね」
「あぁ、すまない」
「無理をしないでください」
「あぁ、分かった」
「具合が悪い自覚があるくせに、どうしてそれを隠そうとするんですか」
「…すまなかった」

隠した、と言うよりは、ただ単にそれを表に出せないだけのことだろう。

王として君臨し続けてきた彼は、地位も名誉も金も得た。
孤独、という代償と引き換えに。
そうしてその孤独に慣れてしまった彼は、いつからか孤独であることを忘れ、器用にたったひとりで生きてきた。
だが、本当は。
本当の彼は、器用なようでいて、孤独にすら気付けないひどく不器用な人だ、と岬は苦笑を零す。

「あなたはもう、ひとりではないのですからね」

器用に生きているくせにその実ひどく不器用な男の常ではありえない体温を掌に感じながら、岬はその手で艶やかな黒髪を撫でる。
セルリアン・ブルーの瞳が擽ったそうに細められ、それが喉を鳴らして甘えてくる獣の仕草のようで、小さく笑う。

「岬、」
「はい?」
「あれが食いたい。以前作ってくれた、日本のリゾット」
「“お粥”ですか?」
「そう、それ」
「卵か鮭、どちらがいいですか?」
「梅はないのか?」

思わぬ注文に、くすくすと声に出して笑ってしまう。
彼に強請られて故郷の料理を作ることは少なくないが、ドイツに生まれ育った生粋のこのドイツ人の舌はすっかり日本食に馴染んでしまったようだ。

ごくごくノーマルでシンプルな粥に梅干を1つ乗せて、レンゲでそれを食べている姿を想像する。
一流のシェフが作る高級な料理ばかり口にしてきた男が、質素とも言える梅粥を美味しそうに食べる姿を。
自分だけが見ることを許されたその素顔を思い浮かべ、岬は眦を下げた。

「ふふ、梅干しですか。ありますよ、私が漬けたものがキッチンに」
「ん?あれも梅干しなのか?青くて固かったぞ」
「今は赤くなっていますよ。まさか、食べたんですか」
「食った」
「減っているように感じたのは、やはり気のせいではなかったんですね」

赤じそを入れる前の青梅を見たことがないこの男は、一体何だと思ってそれを口に入れたのだろうか。
妙なところで好奇心旺盛な彼のことだから、首を傾げながらも正体不明のそれを咀嚼したに違いない。

「赤ん坊ではないのですから、何でもかんでも口に入れないでください」

オリーブの一種か、と勘違いしたまま初めて梅干を口にしたときの彼を、忘れようにも忘れられない。
泰然自若とした姿勢を崩さなかった男が、あのとき初めて表情を崩したのだ。
日本人は勇者だと言いながら、複雑な顔をして、久しぶりに味わう梅干をぱくぱくと口に運んでいた自分を見つめていたのを思い出す。

それが今や、自分からそれを強請っているのだから順応力が高いと言うべきなのか。
それとも、自分が生まれ育った故郷の味だから受け入れようと努力してくれた結果なのか。
恐らくどちらもだろうが、後者が大いに占めているだろうと確信する。

(私の好きなものだから…)

わざわざ日本から取り寄せた納豆も、本当は見るのも嫌だという苦手な甘い菓子も、全て口にしていた。
甘い菓子だけは一生かかっても無理そうだが、今ではすっかり納豆にも食卓に馴染んでいる。
レストランの豪奢な料理よりも、家庭的な煮物や塩だけで味付たシンプルな焼き魚が食べたい、と強請られたことは一度や二度ではない。

(この人は、どこまで私を許容するつもりなのだろう)

愛されている、とつくづく実感する。
同時に、愛しさが込み上げ、みぞおちがきゅうっと締め付けられる。

人の機微には聡いくせに、自分のことには無頓着で。
甘えることを知らないくせに、甘やかすことは上手い。
他者を拒絶するテリトリーを持っているくせに、ときにその他者をすっぽりと抱擁してしまう海容の腕を持っている。
そんな彼を、愛しい、と。
あぁ、愛おしい、と。
そう思わずにはいられない。

「さぁ、帰りましょうか。梅粥、作ってあげますから」

手のかかる大きな子どもをあやすように促し、一分の隙もなくスーツを纏ったヴィルフリートの腕にそっと手を添えた。
決して気を緩めない、いや、緩めることを知らない孤高の王を支えるように、寄り添う。
肩を並べ、同じ歩幅で歩く。

「岬、」
「何ですか?」
「今、俺の考えていることが分かるか?」

決して揺らぐことのない光を湛えたセルリアン・ブルーの瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。
熱があるからなのか、それとも別の理由なのか。
虹彩が、水面のように煌く。

美しい海の中で泳ぐ魚が、鳥に焦がれて海中から見上げた先にあったであろう深い青色。
そこに自分の姿が映り込んでいるのを見つけ、岬は微笑を浮かべた。
踵を浮かせ、そっと。
触れるだけの口付けを、彼の唇に落とす。

「分かりますよ。あなたの考えていることが分からないほど、この想いは生半可なものではないのですから」
「敵わないな、岬には」

降参、と小さく手を上げるヴィルフリートに小さく笑い、「そうだ」とあることを思いつく。
甘え方を知らない甘やかし上手な彼は、きっと戸惑うだろうけれど。

「お粥、私が食べさせてあげますね」 
「は!?」

何の躊躇もなく全てを曝け出し、素顔を見せてくれる彼の最大の愛に負けないほど。
自分もまた、同じだけの。
それ以上の想いを、抱いているのだから。
自覚がありながら不調を訴える言葉を知らない、不器用で、困ったこの人を、愛しているのだから。

「体調が悪いときにお粥を食べさせてもらうのは、日本の常識ですよ」
「そ、そうなのか…?」
「えぇ。それと、うさぎリンゴも」
「…うさぎ、リンゴ…?」

何だそれは、と想像のできない物体に疑問符を飛ばしているヴィルフリートに、それを出してやったときの反応が楽しみだと思う。
甘く熟した真っ赤なリンゴで作る、可愛らしいうさぎと見つめ合う彼を想像し、内心でほくそ笑む。

「今日はうんと甘やかしてあげますから、甘えてくださいね。私の困った愛しい人」

風邪が移ったら、そのときは。
そのときは、不器用ながらも懸命に甘やかしてくれる優しいこの人に看病してもらおう。
微笑を口端に乗せたまま、岬は面食らっているヴィルフリートの熱い唇に再度、口付けた。

  愛情なんて目に見えない不確かなものも、あなたを見ていたら触れることができるような気がしました


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岬が日本支社の秘書課にいた頃のあだ名は「おかん」。

ピロス(ギリシア語)=愛しい人(男)
2012年8月29日割烹着姿の秘書が夢に出てきて初出/2013年7月2日存外に割烹着に萌えて再出


*ブラウザバックでお戻りください


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2013-07-02
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