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探していたアリクイス

それは、偶然だった。
仕事で香港に飛ぶことになった俺は、「ついでに」と隣の島国に向った。
名目上は、支社の視察。
真実は、ただの気まぐれ。

そう。
ただの気まぐれで訪れた先。
予定にはなかった視察のために訪れた小さなその島国で、俺は彼を見つけたのだ。

「…Wer ist er?」(彼は?)
「彼は支社長の秘書で、秘書室長を務めている者です」
「Wie heisst er?」(名前は?)
「“四ノ宮岬”です」
「…Misaki」

彼は、数字の並ぶパソコン画面を見つめ、流暢なドイツ語で電話をしていた。
本社の誰かと何らかのやり取りをしていたのだろう。
そして。
真剣な眼差しで画面を見つめていた瞳がふと和らぎ、電話口の相手に向って、小さく微笑んだ。

その瞬間。
俺は、彼を本能的に求めていた。




自分の執務室に、わざわざノックをして入室をする人間はまずいない。
たとえ、その中に別の誰かのデスクが用意されていたとしても。
部屋の主が自分なのだから、ノックをする必要などないだろう。

当然、その日も。
片手に書類を抱え、随分と掌に馴染んだドアノブを回した。

「……」

重厚な見た目を裏切らない、通常のそれよりもやや重たいドアを開けた向こうは、もはや住み着いていると言っても過言ではないほど生活時間の比重を置いている自分の執務室。
国産のブランドでまとめさせた落ち着いた色合いのこの空間は、存外に気に入っている。

彼にとってはどうだろうか、と既に完璧な“秘書”としてそこにいた青年の背中を見つめる。

(岬…)

朝の爽やかな陽射しを室内に招き入れる窓の前には、俺の執務机。
その斜め前には。
先日、日本支社の支社長を脅し、いや、熱心に説得して半ば強引に引き抜いてきた彼のために用意させたデスク。
今までとは違うその光景に、彼をこの本社に招くために費やした半年間は無駄ではなかった、と思う。

戸口で足を止め、自分と俺のデスクを行き来している彼を目で追う。
恐らく、今朝の会議で使う書類や資料をまとめているのだろう。
そうして準備を終えると、次に自分のデスクを整え始める。
だが、その手が、ふと止まった。
何かを手にしたまま、固まってしまっている。

(…何を、しているんだ?)

背中を向けられている俺には、岬の手元までは見えない。
だが、隙だらけのその後ろ姿には笑いが込み上げてくる。

声をかけるべきか一瞬迷ったが。
俺は息を殺し、無防備な背中に忍び寄る。

彼にとって、この空間は安心できるものになったのか。
それとも、ただ無防備なだけなのか。
近付く俺の気配に気付かない様子に、いささか問題ではないだろうか、と思ってしまう。
いや、警戒されて少しも近付けないよりはいい。
内心でうんうんと頷きながら、シャンプーの香りが感じられるほど、距離を縮めていく。
そして。

「何をしているんだ?」
「…っ!?」

鼻腔を何か甘い香りが擽ったが、今は気付かぬ振りをして。
すぐ耳元で、僅かに声を落として問う。
そこでようやく俺の存在に気付いたらしく、ビクっと肩を跳ねさせ、勢いよく岬が振り返った。
その顔は随分と幼く、あぁ、彼はこんな表情もできるのかと思う。

頬に影を作るほど睫は長く、肌は肌理細かい。
デスクワークの他にも世界中を飛びまわっていたと言うが、透き通るような白い肌は深窓の令嬢のようなそれだ。
だが、凛と伸ばされた背筋と強い意思を宿した瞳は、戦うことを知っている。
ビジネスという醜い戦場に立つその佇まいは、怜悧な美しさを放っているのだ。
遠い昔、彼が育まれた小さな島国に生きていたという、強く美しい生き物は。
サムライというその生き物は、きっと、彼のような清々とした美しさを纏っていたのだろう。

そんな彼らが命よりも重んじたという、繊細で、しかし、鋭く強靭な光を持ったカタナによく似た瞳を持つ岬の初めて見る表情に、自然と口許が緩むのは仕方がない。

「お、おはようございます」
「あぁ、おはよう」

すっぽりと腕の中に収まってしまいそうな細い身体を背後から抱きしめたい衝動を抑え、低く笑ってみせる。
真っ直ぐに見上げてくる岬には、必死に抑え込んでいるそれが見透かされているのでは、と内心でヒヤヒヤしながら。

「…それで?」
「はい?」
「何をしていたんだ?」
「…え、えぇ、その…」

少し俯き、歯切れの悪い仕草も愛らしい。
そう思っていることが表情に出ないよう、口角筋に力を入れる。

幸い、岬に気付かれることはなく。
彼は驚いた拍子に落としたらしい“それ”に視線を送りながら、「これは…」と小さく言う。
俺もそちらに視線を移せば、ポップなパッケージに包まれた菓子がポツンとデスクの上に落ちていた。
ドイツ国内ではシェアNo.1を誇るチョコレートメーカーのものだ。

「ん?それがどうした?」
「い、いえ…その、デスクにあったので、何かなと思って……」

一見すれば、普通の小物入れ。
本皮で作られたそれは、最高級の文具だ。
もちろん、用意させたのは俺。
その小物入れも。
その中に入れられた、この正方形のチョコレート菓子も。

「それは、リッターシュポートという菓子だ。お前のだから食べてもいいぞ」
「え?」
「甘いものが好きなんだろう?俺は一切食えんがな」

呆気に取られたように、瞳を丸くしている表情も初めて見るものだ。
これから先、いくつの表情を見ることができるのだろうかと思えば、毎日が楽しみになってきた。
知らないことを知ることは、存外に心弾むものである。
それが、「知りたい」「見たい」と渇望している存在のものであればなお更。

我ながら執着している、と岬には気付かれないように自分自身に嘲笑を落とし、デスクの上に落ちていたチョコレート菓子を拾い上げる。
幼い頃から甘いものが苦手な俺にとっては、初めて触るものだ。
国内外で有名なメーカーの名前は知っていても、どんな菓子を作っているかなど知らなかった。
自分には関係のないことだ、と知ろうともしなかった。

それが、今は。
今まで視界にも入れたことのなかった菓子店の情報に敏感になり、自然と身体が動く。
国内のパティスリーを誰よりも熟知していると自負する日が来ようとは、過去の自分も予想だにしていなかっただろう。

(これから先、どんな表情を見せてくれるのか楽しみだ)

岬の故郷である日本のように、生クリームで装飾されたケーキはドイツにはほとんどない。
だが、日本にはないケーキはたくさんある。
早くそれを見せ、食べさせてやりたい。
何より、岬が喜んでくれる顔を見たい。

明日には、どこかのパティスリーからケーキを届けさせようか。
そんなことを考えながら、拾い上げたチョコレート菓子を岬の手に渡してやる。

「支社の視察に行ったとき、お前のデスクの上に飴があったのを見た」
「え?」

だからと言って、何故自分のデスクの上に菓子が置かれているのか。
まるでそう言っているかのように、首を傾げている岬の髪を撫でる。

「チョコレートは嫌いだったか?」
「い、いえ…好き、です……」
「なら、よかった」
「ですが、どうして…」

手の中のチョコレート菓子に視線を落としたまま呟く岬の旋毛を見下ろしながら、「当然だろう」と返す。

「俺はお前が欲しくて半年も待ったんだ。日本に逃げられないよう、最良の環境を提供すると約束しよう」
「…それほどまでに良くしていただく価値が、私にありますか?」
「俺が欲しいと思ったんだ。それだけで十分だろう」

側に飾っておくための人形ではない。
共に同じ場所に立ち、同じ方向を見つめ、同じ道を同じ歩幅で歩んでいける存在を探していた。
それを叶える唯一の存在である岬という人間が、欲しかったのだ。

そのために、持ち得る全ての権力を使った。
自分の地位に感謝したのは、あのときが初めてだったのを思い出す。

「今日の昼食は街に行こうか。美味いと評判のケーキを出すカフェがある」

食べ物で釣っているわけではない、と内心で誰かに言い訳をしながら。

「……」
「不満か?」
「いえ…ただ…」
「ただ?」
「そこまで私を必要として下さる理由が、分からなくて……でも、」

真っ直ぐに見上げられ、視線が間近で交差する。

「ありがとうございます」

ふわり、と。
柔らかな微笑みが浮かべられる。

それは、あの笑みとは違った。
あのときに見た、電話口の誰かに向けられたものではなかった。
何と表現すべきか分からないが、穏やかで、ひどく優しげな。

「岬、ありがとう」
「?」

礼に礼で返されたことに疑問符を浮かべている岬に、小さく笑う。
そして、嬉しそうにチョコレート菓子のパッケージを開けている彼の横顔に愛しさが込み上げ、胸を満たしていく。

(俺は、この世界でお前を探していた。たったひとりの、岬という存在を)

そこまで俺に必要とされる理由、か。
午後のティータイムで語ってみようか。
偶然、ただの気まぐれで訪れた支社で見つけたその瞬間から、お前を愛していた、と。
甘いケーキに甘い言葉を添えて。
そう思いながら、岬の表情を余すことなく見ることの出来る位置にある自分のデスクチェアに腰掛ける。

部屋を満たしたチョコレートの甘ったるい匂いに、こっそりと換気扇のスイッチを入れてから。

  見つけたのは、本能が渇望するほど愛しいヒト


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『探していたアリクイス』のヴィルフリート視点。
この人は本館eternaのハインリヒに似ているんですが、彼とはベクトルがちょっと違います。
依存度は同じくらいだし、相手を溺愛しているところも同じなんですが。

ハインリヒは、相手から与えられたもの以上のものを与えようとするタイプ。
ヴィルフリートは、相手から与えられたものを更に奪うタイプ。
…そんな感じです。

アリクイス(aliquis/ラテン語)=誰か
2009年4月2日甘ったるいものが書きたくて初出/2013年9月10日いろいろな羞恥に悶えながら再出


*ブラウザバックでお戻りください


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2013-09-10
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