TOP > スポンサー広告 > スポンサーサイト 小説目次 indice - オリジナルBL > 見つけたアリクイス

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--------

見つけたアリクイス

「岬、お帰り」
「…ただいま、戻りました」

席を外していたのは、10分ほど。
必要な資料を執務室の隣にある資料室から取ってきただけのことで、この部屋の主であり、上司である男に「お帰り」と迎えられることにはもう慣れた。
社長の専任秘書として着任して1週間が経ち、自分も随分と適応力がついたものだとしみじみと思う。

そんなことを考えていたせいか、執務机の向こうで悠然と長い足を組んでパソコン画面と睨めっこをしていた上司が徐に腰を上げていたことに気付かなかった。
抱えていたファイルの束が突然腕の中から消え、そこでようやく、いつの間にか近付いてきていた上司にそれを奪われたのだと理解が追いつく。

「も、申し訳ありません。お待たせいたしました」
「いや、悪かったな。重たかっただろう」

片腕でファイルを抱え、自分の椅子に戻っていった上司を思わず目で追う。
“フェミニスト”、あるいは、“紳士”。
そんな言葉が思い浮かんだが、自分は彼と同じ男だ。
確かに軽くはなかったが、女性の細腕ではない。
書類の詰まったダンボール箱をいくつも持て、と言われたらそれは無理だろうが、たかが数冊のファイルくらいは持てる。
そう言い返してやろうかと思ったが、「いつものことだ」と言い聞かせて、私も自分に与えられた机に戻った。

大企業のトップの座に34歳という若さで君臨する、私の新しい上司。
威厳を従わせ、真っ直ぐに前だけを見据える双眸は揺るぎない信念という光を宿し、ギリシア彫刻のように完璧なバランスの体躯は同性ならば誰もが羨むほど。
所謂、美丈夫というその上司の気遣いを、初めの頃は疎ましく感じていた。
日本人の中でも“華奢”だと言われていた自分への嫌味なのか、と。

だが、今は。
そうではない、と知っている。
いや、気付かされたとでも言うべきか。

(私は、甘やかされているんだ…この人に)

ヴィルフリート・アレンス。
まだ大学生であった頃に起こした企業をたった数年で大企業と謳われるまでに成長させたその手腕は、ビジネス界の重鎮からも一目を置かれている。
だが、その一方で。
彼の名を聞けば、誰もが「カリスマ性はあるが、冷徹で感情のない経営者」と評する。
支社にいた私もまた、多くの人間がそう言っていたように、本社の社長であるこの人を「端整な顔立ちをしているが、ひどく冷たい印象の人間」だと思っていた。

しかし、そうではないのだと。
それがただの思い違いであったことを、この執務室で着任の挨拶を交わしたその瞬間に思い知らされた。

男で、部下で、秘書である私の頭を撫で、心配し、感謝の言葉を口にする。

(今も、そうだった…)

残業が続くことなど当然で、自由な休日がないことを覚悟の上でなければ、秘書など務まらない。
だが、彼はそれを「当たり前」とは決して言わないのだ。

彼は、今まで専任の秘書を置かずによくもスケジュールが回っていたものだと感心してしまうほど多忙で、自分の限界値を熟知しているからこそ、限界値のギリギリまで無理をする。
就労意欲の高い上司であることは部下として喜ばしいのだが、執務だけではなく、上司のあらゆる面をサポートすることが職責である秘書としては呆れてしまったほど。
思わず、一喝してしまったことは記憶に新しい。

そんな私に、彼は一言。
咎めるでも、窘めるでもなく。
「お前を待っていてよかった」と言った。
偽りではない、微笑みを浮かべて。

(無条件に、ただただ甘やかされている)

34歳の男に。
それも、上司に。
一体何なのだと手当たり次第に問い質したい、と何度思ったことだろうか。

「岬、」

不意に名前を呼ばれ、はっと我に返る。
彼を見ていたのだから、当然、セルリアン・ブルーの瞳と目が合う。

普通ならばそこで、居た堪れなくなるか、気まずくなるのだろう。
しかし、何故か私は、無意識のうちに「その資料のデータはこちらに」と言葉を返していた。
何か指示を出されたわけでも、問われたわけでもないというのに。
それこそ、反射的に。

「…ぁ、申し訳ありません。何か、ありましたか?」
「……い、いや、この資料のデータが欲しかったんだが…」

海の中から見上げる空の色をした瞳が、瞠目する。
そして、私も。
無意識に発した己の言葉が彼の求めていた答えだったことに、思わず目を瞠る。

「…どうぞ」
「あぁ、ありがとう。それと、岬…」
「はい。コーヒーですね」
「……頼む」

名前を、呼ばれただけだ。
だというのに、何故。
何故、私は無意識に言葉を返しているのだろうか。

いや、それ以前に。
何故、私は彼が何を言いたいのか分かってしまうのだろう。
その疑問は彼も抱えることになったようで、「心の中が読めるのか?」と首を傾げている。

「優秀な秘書だということは知っていたが…」

ぽつりと呟かされたそれに、私は内心で、前の上司であった支社長に名前を呼ばれただけで何を求められているのか分かったことは一度もない、と返す。
執務室の隅に置かれている彼専用のコーヒーメーカーの前で、一体何なのだ、と小さくため息を落とした。

(はぁ…まぁ、まずはコーヒーを淹れよう…)

棚の中には、ここはカフェだろうか、と思ってしまうほど豊富な豆が並んでいる。
同じ銘柄のものもロースト段階別にビンに入っているのだから、相当な量だ。
だが、その前で戸惑っていたのは最初の2、3日だけで。
今では、迷うことなくその中から1つを選んでいる。
適当に、しかし、確信を持って。

そう。
豆の種類も、挽き方も、温度も。
甘いものが苦手だという彼はブラックが基本だが、ミルクを欲するときもある。
そのタイミングも、量も、何故か分かるのだ。
無意識下の意識が、確かに、知っている。

(まるで、何十年も付き従ってきたような安定感…いや、これは…)

安心感。
そうあることが定められていたかのような確乎とした安定感を、妙に心地良いと感じている。
紛れもなく、そこにあるのは安心感だ。

豪奢ではないが、決して地味ではない静かな華やかさを持ったこの執務室。
威厳を纏い、人を従わせるだけの潜在的な何かを持っているこの男の傍。
互いの存在を感じることのできる距離。
多くの言葉がなくとも、通じているという確信を抱かせる関係。

「ここがお前の居場所だ」、と。
誰かが耳元で囁いた気がした。

「岬、岬」
「はい?」
「俺の元に来てくれて、ありがとう」

この1週間でもう何度聞いたか分からないその言葉に、思わず口許が緩む。
どういたしまして、と返しながら、彼にコーヒーを差し出す。
豆はハイローストのブルーマウンテン、中挽き、砂糖とミルクなし。

「お前がいなかった頃、どうやって仕事をしていたのか思い出せないな…」
「え?」
「岬がいることがあまりにも当たり前の光景のようで、不思議だ」

まだ1週間しか共に過ごしていないというのに。
そう続けた彼に、私も同意を返す他はなかった。

たった1週間。
だが、1週間前まで当たり前のように送っていた彼のいない日常が、ひどく遠いもののようで。
はたと、彼の傍にいない自分が想像できないことに気付く。
彼がいないことの方が、当たり前であったはずなのに。

「私も、ですよ」
「ん?何がだ?」
「社長のいない日々を、想像できません」

感情のない冷徹な男、と影で彼のことを言う者たちに、見せてやりたいと思う。
驚きに目を瞠り、そして、心の底から嬉しそうに微笑む彼を。
器用に生きているくせに、実はひどく不器用なこの人の冷たさばかりが目立ってしまうセルリアン・ブルーの瞳が、これほどに温かいものだということを。

生命の根源である海は、荒々しさの中に全ての命を抱擁する優しさを持っている。
美しい場所なのだ。
獣たちの王として君臨するそれによく似た、傅きたいと思わせるだけの力強い光を宿した彼の双眸もまた。
とても、美しい。
そして、優しく、温かい。

「岬…」
「あなたを放っておいたら、過労死してしまいそうですしね」
「……」
「だから、私が責任を持ってあなたのお世話をしますよ、社長」

互いの存在を感じられる距離が心地良いと感じるのは。
きっと、そうあることが当たり前だから。
彼に名前を呼ばれただけで、彼が何を欲しているのか無意識に分かるのは。
きっと、はじめからそこに言葉などいらないから。

「岬がいるのなら、俺の老後は安泰だな」
「さぁ、それはどうでしょう。愛想を尽かせて、日本に帰ってしまうかもしれませんよ」

悪戯っぽく言い返してやれば、「それは困る!」と言うかのように何とも頼りない顔をする。
頂点に君臨する男のそんな表情が見られる優越感と満足感が胸を擽り、思わず小さく笑ってしまう。

もう何十年も当たり前のように繰り返してきたやり取りのようで、その居心地の良さに、「あぁ、そうか」と納得する。
この執務室が、彼と過ごす時間が、これほどに心地良いのは。

「たまには、甘えてくださいね」
「何か言ったか?」
「その書類の締め切りまであと30分です、と」
「延長を希望する」
「却下します」
「…よし、ハイネマンのチョコレートバウムクーヘンでどうだ?」
「……30分延長です」

互いの存在を感じられるこの距離が心地良いのは。
互いの間に多くの言葉がいらないのは。

あぁ、きっと。
意識ではなく、細胞レベルで。
私は彼に求められ、そして、彼は私が求めていた存在だから。

「ここがお前の居場所だ」と再度耳元で囁いた誰かに、私は心の中で首肯した。

  見つけたのは、心が渇望するほど愛しいヒト


web拍手 by FC2

***
求められて、依存されて、絆されて。
それを全部許せてしまう相手こそ、心のどこかで探していた存在。

2009年4月2日ただただ甘いのが書きたくて初出/2013年8月23日ヤマもオチもイミも見失ったまま再出

*ブラウザバックでお戻りください


スポンサーサイト
2013-08-23
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。