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此処はミューズの領域

去り行く夜との僅かな逢瀬を楽しみながら、朝霞が浅い眠りの中にあるフラスカーティの街を優しく包み込む。

ローマから約30分という近郊に位置するも、古代ローマ時代から王侯貴族の避暑地として利用されてきた長い歴史を持つこの小さな街には自然が溢れている。
鳥たちに安らぎを与える木々と大地に彩りを添える花。
そして、澄んだ空気。
どこにでもあるようで、この街にしかない美しい光景を見つめ、直栄は眩しそうに瞳を細めた。

(朝の産声が聞こえる…)

花嫁が纏う純白のベールのように煌く陽光を全身に浴び、ひとつ、深く呼吸をする。
そして、手に持っていたヴァイオリンを構えた。

歴史と伝統を有する荘厳なコンサートホールの舞台ですらも色褪せて見えてしまうほどの、壮大で美しい至高の舞台。
耳を劈く拍手も歓声も、ここにはない。
だが、直栄の胸を満たしたのは、紛れもない歓喜だった。
神聖で誇り高く、心から溢れて零れてしまいそうになるほどの。

(あぁ、心地良い)

八重に立ち込めた朝霞の中。
遠くにドゥオモが霞んだ姿を見せ、そろそろ眠りから覚めるだろう街並みがぼんやりと視線の先に広がっていく。
儚げで、それでもどこか畏怖するほどの存在感を放つその景色の眩しさに、直栄はそっと瞼を閉じた。

視覚から得る情報を失ったことで、残された感覚がその分を補おうと鋭くなっていく。
風の音、木々や花の香り、頬に触れる陽光の温もり。
それをひとつひとつ噛み締めるように感じ取りながら、一切のしがらみがない、真っ白な世界を瞼の裏に描く。

(美しく、孤独で、寂しくも優しい世界…)

譬えるならばそれは、人間が取り残された世界。
人間が自然から隔絶された、不可侵の世界。
そう。
まさに、神の領域。

(この、愛すべき世界に)

ベール越しの光が一筋、直栄に降り注ぐ。
舞台の煌々としたライトよりも輝かしいその光を浴び、凛と背筋を伸ばして立つ。
そうして、呼吸をひとつ置いてから、4本の弦の上に弓を置く。

「心を込めて、最高の1曲を」

薄っすらと口許を緩め、弓を躍らせる。
粛々と紡がれる清爽とした音が、散る葉のように空気を撫でていく。

眠っている大地を、揺り起こすように。
夜との逢瀬を惜しんでいる空を、慰めるように。
想いを、音に込めて。
1音1音に心を宿し、刹那の命を与える。

“ソナーレ”。
鳴り響け、と。
ただひとりの観客のために、ソナタを捧げる。

(世界がこんなに美しいものだと、僕は知らなかった)

瞳を開ければ、曲に促されるように昇る太陽の光が視界に溢れる。
そのあまりの眩しさに瞳が焼かれるが、目を逸らせない美しさに心が震えた。

指を躍らせ、弦が弾け、弓は緩急のリズムを刻む。
雲が広がり、霞が散り、光彩は色濃く。
頂点へと導いているようで、導かれているのは自分の方なのかもしれない、と思う。

そうして、やがて。
タクトのように真っ直ぐ伸びてくる光の波に呑まれながら、曲はフィニッシュを迎えた。

(…あなたが、それを教えてくれた)

構えていたヴァイオリンを下ろせば、その直栄の背中にパチパチと小さな拍手が贈られる。
そこにある微笑みを思い浮かべながら、ゆっくりと振り返る。

「おはよう、ナオ」

想像したものと寸分違わぬ穏やかな微笑みを浮かべるフェルナンドにつられるように、直栄もふわりと笑んで見せた。
開け放った窓枠に腰掛けて微笑むフェルナンドに手招かれ、テラスに上がる。

「おはようございます、フェルナンドさん」
「朝食にしようか」

差し伸ばされた手に、直栄は自分のそれを重ねた。
しっかりと握り合った手を離すことなく、生まれたばかりの陽光の下でどちらからともなく口付けを交わす。

直栄のソナタの余韻と歌っていた鳥たちが、その光景を見守るように一際声高に歌いだした。
さぁ、今日も幸福な1日の序章を。
聖域の中に棲むという目には見えない詩神が、タクトを振り上げた。

  ミューズの愛し存在は今日も愛の詩を口ずさむ


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未成年だとかそんなことは気にしない!

ミューズ(muse/英語)=詩神
2012年8月25日唐突に書きたくなって初出/初の未成年ものだと気付いた2013年2月20日再出


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2013-02-20
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