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いつか帰一する場所

人間は時に、身を切られるほど辛く、苦しい選択をしなければいけないときがある。
悩み、悩み、悩み抜いて。
呼吸を忘れるほどの痛みを伴うとしても、いくつかの選択肢の中からその1つを選ばなければいけないときがある。

それが正しい選択だったのか。
それとも、別の選択があったのか。
そうすべきだったのか、すべきではなかったのか。
答えが分からないまま、それでも、選択をしなければいけないときがある。

(…だからと言って、どうして君ばかりが……)

どうして、君ばかりが傷付かなければいけないのだ。
どうして、君ばかりが背負わなければいけないのだ。
どうして、時代はこんなにも残酷なのだ。

窓辺に佇む華奢な背中を見つめながら、大鳥は奥歯を噛み締めた。

(避けられない選択は誰にだってある。でも、だからと言って…)

凛と伸ばされた背中。
その背中には、一体どれほどのものを背負っているのか。

東から流れてきた雲が月を隠し、大鳥の足元にまで伸びていた影が闇に飲み込まれていく。
それが、彼をそのまま喰らっていくかのようで。
それが、彼の心が翳っていく様のようで。
心臓が早鐘を打つ。

焦燥、とでも言おうか。
それは、ふとした瞬間に彼に感じるもの。
いつだって先陣を切って戦場へと駆け出していく力強い姿の中に確かに見る、脆弱さに感じるもの。
彼はこのまま消えてしまうのではないか、と。
そんな焦りに心が急くのだ。

「……土方君、」

どうすることもできないその焦燥から目を逸らすように、大鳥は乾いた唇を開いた。
微かに震えたその声が、嫌に大きく部屋に響く。

「土方君、」

呼びかけに応えはない。
だが、それには構うことなく、大鳥は窓の外を見つめたままの土方に歩み寄った。
パタンとドアが静かに閉まる音を背に聞きながら、窓辺に佇む土方の隣に並ぶ。

窓の向こう。
土方の視線の先にあるのは、闇をじりじりと焼く篝火。
戦場で見るそれは荒々しく、血のような深い色をしている。
だが、今窓の向こうで燃える炎の色は、妙に寂しげに見えた。
蝋燭の儚いそれのように。
いや、そう見えるのは、この部屋の中に充ちたあまりにも深い寂寥のせいだろうか。

「土方君」
「……」
「…行ったのかい?」

主語は、いらなかった。
この部屋に充ちる濃い寂寥に、分からないはずがなかった。
彼が、自分の選択に苦しみ、哀しんでいることを。

小さく頷いた土方に視線をやる。

「泣かれただろう」

手を伸ばし、聡明だからこそ様々な思考を巡らせているだろう土方の頭を引き寄せる。
抵抗することなく、ぽすりと肩口に預けられた彼のそれを撫で、絹糸のようにしなやかで艶やかな黒髪を梳く。

「辛かったね」
「…酷いことを、言いました」
「そうだね」
「あの子の願いは、知っていた」
「うん」
「望んでいないということも、分かっていた」
「うん。彼は君によく似ているからね」

それでも、と。
吐息に掻き消されるほど小さな声で呟いた土方の微かに震える肩には気付かぬ振りをして、大鳥は「そうだね」と返す。

「ここで、死なせてやるべきだったのかもしれない」
「でも、君はそれを望んではいない」
「私の身勝手な、願いです。それでも…」

生きて欲しい。
そう、願った。

自分の言葉を初めて拒んだ少年に。
嗚咽を噛み殺しながら首を横に振る少年に。
まだあどけなさを残す瞳から大粒の涙を流す少年のまだ発展途上にある身体を抱きしめながら、そう言った。
お前だけは生きて欲しい、と。

「私は、鉄に押し付けることしかできなかった…」

一方的な願いが、まだ幼い心をどれほど傷付けたか。
嫌だ、と懇願する市村の静かな慟哭が耳の奥に残っている。

「あまりにも、身勝手だ…」

瞳を閉じれば、瞼の裏に見送ったばかりの市村の背があまりにも鮮明に甦る。

彼はあの小さな身体で、今までどれほどのものを抱えてきたのだろう。
あの幼い心に、どれほどの痛みを抱えさせてしまったのだろう。
そして、これからどれほどの苦しみを抱えていくのだろう。

「残酷だ…あまりにも…」

自分の願いも。
彼がこれから歩む道も。
必ず来る未来も。
過酷で、残酷なものばかり。

しかし、それでも。
それでも、生きて欲しい、と願う。

「何度諭しても、鉄は私から離れようとしなかったんです」
「そうだね。彼はいつも君の傍にいたね」
「えぇ。何度突き放しても、しがみついて離れなかった。結局、こんなところまで付いて来てくれた」

必死に、懸命に、1歩でも遅れまいといつも自分の後ろを走っていたのを思い出す。
実の兄が隊を脱走したときも、戦況が悪化したときも、局長の近藤を喪ったときも。
事ある毎に、お前はもう故郷に帰れ、と言う土方のコートの裾を決して離そうとしなかったのだ。
その姿を、まるで母親から離れることを恐れている幼子のようだ、と言っていたのは誰だったか。

「生きて、欲しい…鉄だけは…っ」
「うん。僕が君の立場だったら、きっと同じことをしたよ」
「鉄にとって大切なものを私は奪っておきながら…哀しみを押し付けても…生きて欲しい」
「我が子に生を望むのは、親なら皆同じだよ」

血の繋がりはなくとも、君たちは確かに親子のようだったから。
そう言う大鳥に視線を向け、土方は噛み締めていた唇を開いた。

「……それなら…」
「うん、いいよ。もう我慢しなくていい。親が子との別れを惜しむのは、当然だ」

するりと頬を撫でる大鳥の掌の体温に身を委ねるように、土方は短く息を吐き出した。
堪えていたものを。
押し込めていたものを、吐き出すように。

「護って、やりたかった…。もっと、この手で…」
「そうだね」
「もっと、たくさんのものを与えてやりたかった…」
「君は十分、たくさんのものを与えていたよ」
「鉄はこの先、たったひとりで戦わなければいけない…」
「うん、そうだね」
「それなのに、私は何もしてやれない…」
「大丈夫だよ。君という存在が記憶の中にある限り、大丈夫。あの子は強い子だ」
「それでも…っ!」
「本当に大切な存在だったから、最期まで護ってあげたかったよね」

雲が切れ、鈍色の分厚いそれに隠されていた月が再び姿を現す。
白々とした光が、土方のその白皙を照らし出した。
闇よりも闇に近い黒曜石の瞳から音もなく涙が零れ落ちる様を惜しみなく曝け出させる。

それは、新撰組の長として隊士を想うものではなく。
間違いなく、ひとりの男がひとりの少年を心の底から想って流している涙だった。
あぁ、この愛情深い男に一心に想われている彼らは幸せだろうな、と思う。

何故、彼らの絆は強靭なのか。
何故、彼の元に集う者たちは己の全てを捧げるようにそこに在るのか。
何度引き離されようとも、彼らは死ぬ物狂いでたったひとりの将を追ってどこまでも来る。
そこまで、この男が深く慕われる所以は何なのか。
それが、分かった気がした。

「羨ましいな」
「え?」
「僕もさ、伝習隊のみんなに慕われている自負はあるよ。でも、君たちのようにはなれない」

信頼し合い、慕われている自負はある。
だが、新撰組に属する者たちの間にあるのは、もっと深いものだ。
血よりも濃い、繋がり。
家族のような、それほどまでに強く、深い繋がり。

「だからね、いつか…ちゃんと、帰してあげなよ」
「…帰しましたよ、今」
「そうじゃなくてさ。市村君の…彼ら新撰組の帰る場所は、君なんだから」

たとえそれぞれ違う道を歩み、それぞれ違う終焉の形を向かえたとしても。
帰着を願う場所は、ただひとつ。
君の元だ、と。
根拠などどこにもないというのに。
妙に確信に満ちた大鳥の声音に、土方は涙で濡れた瞳を瞠目させた。

「…帰る、場所……」

最期に帰りたいと願っている場所だ、と大鳥が続ける。
魂が帰りたいと願う場所だ、と。

「…私が、彼らにとってそんな存在であることを許されるんでしょうか…」
「もちろんだ」
「あいつらが望まないことを願っているというのに」
「彼らは君が優しいことを知っている。君の願いも、ちゃんと分かっている」

彼らはきっとその願いを叶えるために、地べたを這ってでも生きるだろう。
どれほど過酷な現実に置かれたとしても、胸を張って、誇りを失うことなく、生きるだろう。
いつか来る生を終わりを渇望しながら。
その先に再会があることを願いながら。

「君との再会を希いながら、彼らは生きてくれる」

絶望に苛まれ、現実に苦しみ、喪失感に痛みを抱えながら。
それでも、彼らは最愛の主の元に帰ることだけを希いながら、生きるだろう。

「そうやって必死に生きて、生きて…いつか、心が帰りたいと思う場所なんだ」
「…心が、帰りたい場所…」
「遺していく彼らを想い、涙を流せる優しい君の元に帰りたいんだ」

遺される者たちはこの先、何度彼に「会いたい」と呟くだろう。

「だから、許してあげないとね」
「許す?」
「そう。例えば、市村君が君との再会を願うあまり、君の願いを裏切る選択をしたとしても」
「……」

身を切られるほどの痛みに苦しみ、悩み、悩み抜いて。
大切な人の願いを裏切ることになったとしても、それを選び取ったのなら。

「君は、笑顔で許してあげないと。それが、遺していく者に必要な覚悟だ」

土方の頬を伝った涙が、ぱたりと静かに落ちる。

「遺していく者の覚悟」

涙に濡れた黒曜石の瞳に、光が差す。
大鳥はそれを眩しそうに見つめ、言葉を飲み込んだ。

本当は、君にそんな覚悟をして欲しくない。
本当は、君を失いたくない。
本当は、君にも生きて欲しい。

自分たちが選んだ選択肢は間違っている、と。
生きて欲しいのだ、と。
何度も飲み込んだ言葉を、今日も飲み込む。

「…僕もさ、」
「はい?」
「いつか、君の元に帰りたい」
「……」
「君が許してくれるなら…いつか…」

残酷な選択肢を選んだのは、彼自身だ。
しかし、その選択肢を作り出したのは、紛れもなく自分なのだから。

「そうですね。あなたが最期にそれを望んでくれたときは、許します」
「土方君…」
「遺される者の辛さは、私も知っているから」
「……」
「私だけは、あなたの選択を正しいと言うから…」
「…っ」
「だからどうか、私の選択も間違っていないと…あなただけは最期まで言い続けてください」

遺される者の辛さを知りながら、喪失感を抱えたまま生きることの痛みを知りながら、遺していくことを選んだ。
その選択を、正しかったと言ってほしい。

「私に向けて引き金を引くその瞬間に、自分たちは正しいのだと胸を張ってください」

ゆるりと微笑む土方のそのあまりにも穏やかな声音に、大鳥は彼の頬を濡らすものと同じものが自分の頬を濡らしていくのを感じた。

あぁ、どうして時代はこんなにも残酷なのだろう。
大切な人に生きて欲しいと願うことすら、こんなにも苦痛を伴う。
大切な人に幸せになって欲しい、と言葉にすることができない。

「鉄はそろそろ、船に乗る頃でしょうか」
「あ、あぁ…そうだね」
「これから先、鉄は…あいつらは、どんな選択をするだろう」

どんな選択でもいい。
それは間違っていないと自分だけは言おう。
だから、いつか帰って来てほしい。

そう続け、窓の向こうに視線を戻した土方のそれを追う。

「…いつか再会できたらさ」
「はい」
「君に言いたい言葉がたくさんあるんだ。今は言わないと選んだけど、いつか」

一緒に生きたかった。
もっと生きて欲しかった。
君を殺したくなかった。

飲み込み続けている言葉で窒息してしまったら、そのときは。

「言わないといけない言葉があるから、君に会いに行くよ」
「えぇ、待っています」

決して1つにはなれない肉体を嘲笑うかのように、足元から伸びる2つの影が1つになる。
刹那の永遠を、惜しむように。

(だからどうか、それまでは生きて)

それは果たして、どちらの願いだったか。
それを知る者はなく。
僅かに残っていた雲を風が払い去った夜空に、上弦の月がただ黙してそこに在るだけ。
未来へと駆け出した者の。
送り出した者の。
それを見守る者の。
残酷な道行を照らすように。




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鉄くんが多摩に帰された日。
鉄くんも泣いたけど、土方さんだってそりゃぁ辛かったはず!だって、お母さんだし!
そしてそんなお母さんを慰めるのはお父さん(旦那)の役割ですよね!!

2006年2月26日陸軍夫妻にやられて初出/2012年再出

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2017-03-21
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