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どうか吾が君が

あなたの小姓である彼を私の養子に。
そう切り出されたときは、一体この状況で何故、と思った。

だが、養父となった春日左衛門と養子となった田村銀之助の何の変哲もない日常の光景がとても尊いものだと土方が気付いたのは、それからすぐのことだった。
まだ少年の域の中頃にいる田村と、まだ青年の域から出るには早い春日は“親子”というよりも兄弟に近い。
しかし、彼らはゆっくりとだが、確かに“親子”になろうとしていた。

(こんな状況だからこそ、か…)

戦況は決して芳しくない。
雪解けと共にはじまる戦いは、長いものにはならないだろう。
それは、誰もが口にしないだけのことで。
誰もが、土方も、心のどこかで近い未来に必ず来る現実として静かに受け入れている事実だ。

だが、この一時だけは。
残酷な現実の前にあるこの一瞬だけは、彼らにとって穏やかなものであって欲しい、と。
窓の向こうの雪景色の中を肩を並べて歩いている新米親子をぼんやりと見つめながら、そんなことを願う。

「あ、銀ちゃん…」

不意に、背後から聞こえてきた小さな呟きに土方は窓の外から視線を外し、ゆっくりと振り返る。
そこには、田村の友人であり、自分の手元に残った唯一の小姓である市村鉄之助が洗濯を終えたシャツを手に立っていた。

少年の成長というものは早いもので、入隊したばかりの頃はあどけなかった相貌も声音も今では清爽とした少年のものだ。
決して食糧事情がいいとは言えない状況であっても、1歩ずつ少年の道を歩んでいることに妙に感心しながら、「おいで」と市村を手招く。

「銀は春日さんに懐いていたから、よかったな」
「はい。銀ちゃんも嬉しそうでした」
「そうだな」

まるで自分のことのように、心から嬉しそうに笑む市村の頭を撫でる。
そして、土方は徐にその手を彼の丸い後頭部に宛がい、くいっと自分の方へと引き寄せた。

不意のことにバランスを崩した市村は当然、体勢を整えることもできずに引き寄せられるまま倒れ込む。
椅子に腰掛けている土方の腕の中へ、と。

「ひ、土方先生!?」

何だこの状況は、と思考が追いつくよりも早く、市村は土方の膝の上に座らされた。
咄嗟に逃走を試みるが存外に強い力で腰を捕らえられ、あっけなく拘束される。

「あ、あの、えっと…」
「玉は近藤さんたちのところに逝って、銀も春日さんのところに行って…」
「…ぇ、ぁ…は、はい…そうですね…」
「寂しくないはずがないよな、鉄」
「…ッ!?」

びくりと肩を跳ねさせた市村に、隠すことでもないのに、と土方は微苦笑する。

「寂しいよな」

子供のくせに一端の武士の顔をして、意地を張って大人に甘えようとしない。
言葉にしたい弱音を強情の下に隠してしまう。
そんな少年に育ってしまったのは、一体誰に似たからなのか。

いつだったか、島田魁や中島登をはじめとする古参の新撰組隊士たちが「鉄之助は日に日に副長に似ていく」と言っていたのを思い出す。
自分はこれほどに強情で意地っ張りだろうか、と思う。
しかし、あながち否定できないことに気付き、土方は口端に苦笑を乗せた。

(そういえば俺も、虚勢を張っては兄さんや姉さんに心配をかけていたな)

厄介なところが似てしまったものだ、と苦笑を深くし、土方は叱られた幼子のようにしゅんと俯いてしまった市村の髪をくしゃくしゃっと撫でた。
そして、「鉄」と殊更声音を和らげて呼ぶ。

「言葉を飲み込むな」

無理矢理飲み込んだ言葉が、胸につかえて痛みを伴うことを知っている。
だからこそ、市村がそんな痛みを抱えることはない、と。
そんな痛みはまだ知らなくていい、と土方は成長過程にある小さい背中をあやすように撫でた。

「寂しいなら、寂しいと言えばいい」

まだ庇護を必要とするこの少年は、強い。
故郷を捨てて共に入隊した実兄と道を別ったときですら、気丈に振舞っていた。
痛みに蹲ることはあったとしても、いずれはそれを抱えて歩いていけるだけの強さを秘めていると、思う。
いや、確信がある。

だが、それでも。
これから先にあるのが翳った道であったとしても、どんなに深い傷を負ったとしても、時代の残酷な刃に立ち向かって行って欲しいと願うからこそ。
せめて、今だけは護ってやりたいと思うのだ。
いずれ必ず、たったひとりで戦わなければならないときが来るのだから。

(あぁ、そうか…だから、春日さんは銀を…春日さんも…)

田村を養子に欲しいと自分に頭を下げた春日に、「銀をよろしく」と頭を下げに行かなければいけないな、と口許に笑みを浮かべる。

だがまずは、と市村を膝の上に乗せたまま、そっと抱きしめた。
突然のことに驚く声は聞き流し、市村の顔を肩口に押し付ける。

「玉のことは、近藤さんや利三郎たちが面倒見てくれているだろう」
「……」
「銀には、春日さんがいる」
「……」

こくん、こくんと律儀に頷く市村に小さく苦笑を落として、土方は一層強く抱きしめた。

「鉄には、俺だ」

小さい身体で、必死に自分に追い付こうと走る姿はひどくいじらしく。
その姿を見る度に、自分が背負っているものの大きさと重さを実感した。
ただ先頭に立ち、ただ道を切り拓き、ただ勝ち続ければいいのではない、と。
いつだって自分を見つめて真っ直ぐに駆け寄ってくる市村の姿を見る度に、そう言い聞かせてきた。

朋友を、そして多くの仲間を喪った。
希望などほんの一握りもない。
だが、それでもこうして彼らの前に立っていられるのは、自分が強いからではなく、彼らがいるからだと彼ら自身は果たして気付いているのか。
きっと気付いていないだろうな、と何度目かの苦笑を落とし、微かに震える市村の背中を労わるようにとんとんと叩く。

「鉄、」

この先、お前をひとりにはしない。
どこまでも連れて行ってやる。
そう言ってやることは、できない。

だが、せめて今だけは。
今この一瞬だけは、この小さな存在が迷わぬように。
正しき方へ、より光ある道へと歩めるように導いてやりたい、と思わずにはいられない。

「歯を食いしばるな。飲み込むな」
「……せんせ…っ」
「うん?」
「…ッ、ぅ、く…っ」

肩口が、じんわりと濡れていく。
噛み殺しきれなかった嗚咽が、耳朶を刺す。

「こら、鉄。泣くなら、ちゃんと声を上げて泣け」
「…ふ、ぅ…っ、せん、せ…っ」

もうそれ以上優しいことを言わないで、と言うかのように、市村の手が力なく土方の背中をぽすぽすと叩く。
情けない、と市村は自分自身を謗るが、土方の腕は許してしまうのだから堪らない。
一体、この人の許容範囲はどれほどあるのだろう。
堪えきれずに溢れてくる涙で濡れながら、市村は恐る恐る土方に抱きついた。
すかさず抱きしめ返され、きっとその範囲は海よりも空よりも広くて深いに違いない、と思う。

決して、故郷や兄が恋しくなったわけではない。
友人であり、同じ小姓仲間だった田村が新撰組を離れていったことが哀しかったわけではない。
ただ、何となく。
それこそ漠然と、寂しかったのだ。
故郷を、兄を、亡き友を、離れてしまった友を想ったからではなく、漠然と。

何故、この人には全て分かってしまうのだろう、と思う。
言葉にしなくとも、いつだって感じ取ってくれるのだ。
自分でさえ気付かないほど小さな心の声を、聞き取ってくれる。
そうして、いつだって欲しい言葉をくれる。

「せんせ、せん、せぇ…ッ」

堰を切ったように泣きじゃくる市村の頭を撫でながら、土方は自分は一体彼に何をしてやれるだろうか、と思う。
聡明なこの少年は。
そして、北のこの地にまで付き従ってくれた新撰組の隊士たちは、決して願いを口にはしない。
自分の我儘でしかない願いを叶えるために、自分たちの願いを言葉にしないのだ。

そんな彼らに。
自分が確乎たる自分として存在している最大の意義であり理由である彼らに。
一体、何をしてやれるだろうか。
この少年のささやかな願いすらも叶えてやれないというのに、一体何が。

(いつか一緒に日野に帰ろうとも、最期まで付いて来いとも…言えない)

言ってやれない自分が、歯痒い。

「鉄…」

ごめん、と言おうとして、寸でのところでそれを飲み込む。
謝罪はきっと違う、と。

ならば何と言うべきか。
そう考え、ふと、「あぁ」と思い至る。
とても身近に、何の変哲もないことこそ最も尊いものだと気付かせてくれた者たちがいたではないか。
これから先にある過酷な現実が待ち受ける近い未来までの、僅かなこの時間だけは。
せめて、今だけは全身全霊でいとおしい存在を護れるように、と自分に頭を下げた者が。

「鉄、もしお前が…」

この、強情で意地っ張りで聡明な少年を。
この、いじらしくいとおしい存在を。
全身全霊で護ってやりたい。

「お前が、望んでくれるのなら…」

泣きじゃくる市村の耳元で続きの言葉を紡げば、涙でぐしょ濡れになった顔がばっと上げられる。

「鉄が必要とするときだけでいい。そのときは、そう呼べばいい」
「……土方せんせ…」

真っ赤になった眦を指先で拭ってやるが、次から次へと溢れてくる涙は当分止まりそうにない。
泣き虫な息子だな、と苦笑混じりに言ってやれば、市村は一瞬瞠目した後に、ひどくあどけない無邪気な笑みを浮かべた。
そして、震える声で。
だが、はっきりと。

「父上」

そう、紡いだ。
まるで、噛み締めるように。
たったそれだけのことでこれほどに歓喜に満ちた笑みを見せてくれるのなら、もっと早くにそうしてやっていればよかったと思わせるほど嬉しそうに。

ありったけの愛しさを込めて「鉄之助」と返せば、まだまだ成長過程にある小さな身体が精一杯の力で抱きついてくる。
血の繋がりなどなくとも、確かに親子になろうとしている春日と田村がいるように。
血の繋がりも、書類上の証明がなくとも、彼らもまた確かに。

「父上」

少しでも、ほんの少しでも。
いずれ必ず来るあまりにも残酷な現実にたったひとりで立ち向かっていかなければならない、このいとおしい存在が歩む道に救いがあるように、と。
最期のその瞬間まで光の中を歩いて行けるように、と。
切々に願わずにはいられない。

「鉄之助」
「父上」

何かとてつもなく神聖な、何人にも侵せない粛々とした儀式のように、互いを呼ぶ。

生きろ、死なないで。
ひとりではない、ひとりにしないで。
未来へ歩いて行け、未来なんて望んでいない。
成長を見届けたかった、どうか見届けて。
愛しい、愛しい。
そんな幾つもの言葉を、そこに隠して。

やがて雪解けと共に訪れる残酷な現実と逃れられない別離から、今だけは目を逸らして。
耳を塞いで。
2人は、束の間の穏やかな幸福を抱きしめた。

  どうか、どうか…どうか、きみだけはどうか…


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銀ちゃんが春日さんの養子になったんだから、鉄くんが土方さんの養子になっていてもおかしくないよね?
むしろ、なっているよね?
西南戦争のときに、「土方鉄之助」って名乗っていたらいいよね?
…という願望の賜物。


<おまけ>

「島田さん、男も三十路の半ばになると、やっぱり家庭に憧れたりするんですかねぇ」
「横倉…お前、今の場面を見てそれ以上の感想は持てないのか」
「土方先生はどっちかと言うと父親じゃなくて母親だよな」
「登、お前もだ」
「母親ですよね、あれは」
「才輔まで…」

2008年3月28日願望を初出/願望は消えず2012年再出

*ブラウザバックでお戻りください


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2012-12-17
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