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其処は幸溢れる場所

昼夜を問わず雪が吹き荒ぶ最北の地に、ふと訪れた風も陽射しも穏やかな午後。
軍議もなく、市中の見回りもない。
忙殺されるような日々を送ってきた土方は、ぽっかりと空いてしまったその時間を持て余した。

(どうしたものか…)

後ろに撫で付けていた髪を片手でくしゃりと乱し、窓辺に寄せた椅子に腰掛ける。
窓の向こうに広がる雪景色は眩しいばかりだが、差し込む陽光の温かさは久しく感じていなかったものだ。
全くの静寂ではないが、限りなくそれに近い心地の良い静けさが全身を包む。

これほどに穏やかな時間を享受したのは、一体いつ以来だろう、と思う。
夢を追いかけ、京へと駆け出す前だったか。
いや、片田舎の貧乏道場で過ごしていたあの頃にはもう、目には見えない何かに向かって休むことすら忘れて走っていた気がする。
自分は“休息”することを忘れていたことにすら気付いていなかったのか、と土方は苦笑を零した。
そして、思い出した“休息”を甘受すべく、ぐっと身体を伸ばす。

「快晴だなぁ」

雲ひとつない澄み渡った青空を見上げる。
まるで、そこに時間など流れていないかのように。
鳥の姿もなく、ただただ穢れのない青だけがそこに在る、空。

「……」

心地の良い静けさが、頬を撫でる。
そして、足音もなく近付いてきた睡魔がとんとんと肩を叩いた。

疲れていないつもりでも、自覚のない疲労は溜まるもので。
たまには、散々跳ね除けてきたその手を取るのもいいかもしれない、と小さく口許に薄い笑みを乗せる。

「…たまには、いいよな」

やらなければいけないことは山ほどあるが、今でないといけないわけではない。
温かな陽射しも手招いている。
その誘いに乗ってやろう、と土方は椅子に腰掛けたまま壁に身体を預けた。

そうして、睡魔に誘われるまま眠りに落ちていった土方の姿を最初に見つけたのは、まとめていた資料を届けに来た島田と相馬だった。

「これは…珍しいこともあるものだ」
「お疲れだったのでしょう」

瞳を細めて土方を見つめている相馬にそうだなと頷きながら、島田もまた目の前の光景の微笑ましさに眦を下げた。

どれほど疲弊していたとしても、かつての土方は決して寝顔を見せることはなかった。
いや、人の気配に殊更敏感で、眠れなかったと言うべきかもしれない。
そんな彼が、寝息を立てる姿を初めて目の当たりにしたときはひどく驚いたものだ。
気を張っていられないほど疲弊しているのか、と心配したほど。

だが、そうではない、と。
自分たち新撰組隊士たちだけが見ることを許された姿なのだ、と。
自分たちは彼の懐の奥底にまで受け入れられたのだ、と気付いたのは、それからすぐのことだった。

(この人は、本当に…天性の将なのだろうな)

常に神経を研ぎ澄まして生きている人が、自分たちの前では無防備な姿を晒す。
それがどれほどの歓びを与えているか。
どんな言葉よりも饒舌な信頼に、自分たちがどれほどの歓喜を味わっているか。
この人は知っているのだろうか、と思う。

「窓辺では身体を冷やしてしまいそうですね」
「ん?あぁ、そうだな。とりあえず、この毛布でもかけておくか」
「では、資料はこちらに置いておきます」

抱えていた書類を相馬に託し、島田は彼のテリトリーの中に入ることを許された優越を噛み締めながら己の主に毛布をかけてやる。
身じろぎひとつしない土方の様子に小さく微笑み、視線を窓の外に向けた。

「それにしても、いい天気だなぁ」

この最北の大地で春の足音を聞くのは、まだ当分先のことだろう。
しかし、雲ひとつない青空で楽しそうに輝く太陽だけは、随分と機嫌がいい。
春の気配を感じて喜んでいるのか、それとも、この日本のどこかにはすでに訪れているであろう春を歓迎しているのか。
燦々と降り注ぐ陽光は、穏やかで優しい。

「副長が眠くなるのも頷けるな」
「えぇ、そうですね」

島田と相馬は顔を見合わせ、次いで悪戯を思いついた子供のように口端を上げる。

と、そのとき。
控えめなノックと共にドアが静かに開けられた。
思わず2人してそちらに視線を向ければ、ぱちくりと瞳を瞬かせている安富と目が合う。

「な、何をしているんですか?」

安富の後ろにいた横倉と尾関も、何だ何だ、と疑問符を飛ばす。
書物を抱えて首を傾げている彼らを手招き、島田は窓辺を指差した。

「見てみろ」
「…おや、これはこれは」

瞳を細め、どこか嬉しそうに微笑む安富の背後で横倉と尾関も微笑を浮かべる。

「今日は暖かいですからね」
「ここのところ、お疲れだったみたいだし」
「休みの日も何かしら仕事をしておられたからなぁ」

抱えていた大量の書物を書類の山の隣に積みながら、眠りに身を委ねている土方の穏やかな寝顔を見つめる。
たとえば今、刀を抜いたとしても彼は目を覚まさないだろう。
それだけの信頼と愛情を無条件で与えられているという事実と確信に、安富たちも歓喜を胸に抱く。

京の都を駆け回った青狼が、無防備に眠っているのだ。
これを愛しいと思わずにいられようか、と。

そうしてそれぞれが胸に込み上げてくる幸福感に浸っていると、新たな訪問者がやって来た。

「みんな集まって、何をしているんだ?」
「んん?報告に来たんだが、副長は留守か?」

市中の巡回に行っていた立川と沢が、開けられたままになっていたドアの向こうからひょっこりと顔を覗かせる。

「緊急の報告か?」
「いや、全く異常なし」
「それなら、報告は後回しだ」

島田に手招かれ、「何だ?」と首を傾げつつも足を踏み入れた先に見たものに、立川と沢は一瞬瞠目した後、ふっと微笑を零した。
確かに、報告は後回しだな、と。

と、そこへ常から訪ねる者が多い土方の元へまたも新たな訪問者がやって来る。
きょとんとした顔で勢揃いしている新撰組隊士の面々を見渡したのは、天気がいいからと小姓たちに強請られて彼らと雪遊びをしていた野村だった。
当然、その後ろには彼に遊んでもらっていた少年たちの姿もある。

「え、何?この状況…」
「わ、どうしたんですか?皆さん勢揃いで…」
「あれ、副長は?」
「大きな雪だるまを作ったから、副長に見てもらおうと思ったのに」

野村に続いて、市村、田村、玉置が入室しても、なお心地良さそうに。
いや、むしろ安心したようにより深い眠りを享受している土方を見やってから、島田は少年たちとその兄貴分である野村に「静かにな」と口許で人差し指を立て、手招いてやる。

少年たちは主の無防備な姿にただただ驚いているようだったが、野村はじんわりと幸福感が込み上げてくるのを感じた。
全幅の信頼を寄せてくれるただひとりのこの主に、自分は一体何を捧げればいいのだろう。
どれほどのものを捧げれば、彼が無条件で与えてくれるものと同じだけのものを返すことができるのだろう。
この場にいる誰もが考えたであろうことを、野村もまた思う。

「これ以上惚れたら、どうにかなりそう」
「お前には、まだ更に惚れられるだけの余地があったのか」

俺にはもうないぞ、と言う相馬に、野村だけではなく誰もが「確かに」と頷く。

「島田さん、島田さん」
「ん?どうした、鉄之助」
「えっと、その…」

怒られるかな、と幼子が何かを強請る前のような仕草を見せる市村と田村、そして玉置に、島田は彼ら少年が何を言おうとしているのか察する。
彼らよりも先にそう考えたのは、自分なのだから。

相馬を見れば、首肯で返される。
安富、横倉、尾関にもそれが伝播し、立川と沢と野村はさっそく机を移動させている。
言葉がなくとも互いに思っていることが伝わり、深い部分で通じ合える関係というものは容易に手に入るものではない。
ひとつの旗の下に集い、そして、ここまで共に歩んできた道は楽なものではなかった。
だが、見つめる先に同じ人がいるということは、とても尊く、幸せなことだと改めて実感する。

「あの、島田さん?」
「こうもいい天気だと、眠たくなるのは当然だな」
「え?えっと、あの…それじゃぁ…」

恐る恐る見上げてくる市村の頭をくしゃりと撫で、悪戯っぽく笑ってみせる。
兄よりも父に近い歳の仲間たちにも同じ笑みが浮かんでおり、少年たちは途端に無邪気な笑顔を咲かせた。

「副長が起きたときの反応が楽しみだな」
「驚かれるでしょうね」

くすくすと笑い合いながら、床に腰を下ろす。
少年たちは土方の足元で犬猫のように丸くなって寄り添い合い、島田たちはそんな少年たちと土方を守るように。

燦々と降り注ぐ暖かく穏やかな陽光と、それ以上に温かな胸を満たす幸福感に包まれながら。
そっと、瞳を閉じた。




「あれ、ドアが…」
「ん?何かあったかい?」
「どうかしましたか、大鳥さん」
「あぁ、榎本さんと松平さん。いや、土方君の部屋のドアが開いているから、また新撰組が集まっているのかと思ってね」
「彼らは土方君の傍にいないと落ち着かないようだからねぇ」
「それにしては、静かですね…」

彼らが集まっているのならもっと賑やかでしょうに、と微苦笑する副総裁に、それもそうだなと頷き返しながら、大鳥は何ともなしにそのドアの向こうに視線をやった。
そして、思わず足を止める。
それにつられて、榎本と松平も足を止めた。

「…え」
「おやおや」
「ほぅ、これは」

3人の視線の先にあったのは、床の上で身を寄せ合うように眠っている新撰組隊士たち。
そして、小動物のように丸くなって眠っている少年たちに寄り添い、彼らの髪を撫でている土方の姿だった。

穏やかな陽光の下。
口許を緩め、優しい眼差しで彼らの眠りを見守る土方のその姿は、思わず目を瞠るほどに美しく。
そして、そこはひどく神聖な世界に見えた。

「彼ら新撰組は、将と兵を越えた…まるで、家族のような集団だね」
「あの強さの根本にあるものを見た気がします」
「何だか無性に伝習隊のみんなに会いたくなってきたよ」

他者が介在してはいけないと思わせるには十分な、その神聖な空間。
そこに満ちているのは、戦場には相応しくない温かく優しい光。
だが、その光が彼を。
彼らを、より高みへと誘っているのだろう、と確信する。

そっとその場を離れた3人の心にも、知らず温もりが広がっていく。
彼らの穏やかな眠りが、少しでも長く続きますように。
誰かを幸福にしてしまえるほどの幸福を享受している彼らに、どうか少しでも幸いがありますように。
そう祈らずには、いられなかった。

  あと少しでいいから、時代よ、ゆるりと、まわれ


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メンバー総出演でまったりお昼寝タイム。
中島さんがうっかり「土方さんはお母さんみたい」なんて書き遺すからさ…。
それを見た瞬間、私の中で土方さんは守衛新撰組っ子たちのお母さんポジションに確定ですよ。
同時代の、それも傍にいた隊士がそう言っているんだから、そうに違いないよね!?ね!?

2006年8月6日妄想暴走気味に初出/暴走止まらず2013年2月12日再出

*ブラウザバックでお戻りください


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2013-02-12
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