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君が好きなものだから

「大丈夫ですか?」
「あぁ、何とか…」

口許を手で押さえ、ぐったりとしている己の上司に岬は水の入ったグラスを差し出した。
どれほどの激務が続いたとしても顔色ひとつ変えたことのない男が蒼白になっていることに、不謹慎だが笑いそうになってしまう。
いや、この場合は笑ってしまっても許されるだろう、と岬は堪えきれなくなった小さな笑いを落とす。

「岬」
「す、すみません…ですが…ふふ」

バツが悪そうにグラスの水を飲み干している上司、ヴィルフリートを視界の端に入れながら、岬は応接用のローテーブルの上に広がっている光景を改めて見た。
そこにあるのは、どこで手に入れたのかと首を傾げてしまうほどの食べ物の数々。
ヴィルフリートにとっては遠い異国の、岬にとっては生まれ育った国の。

豆腐、蕎麦、おにぎり、漬物、焼き魚、寿司。
納豆や酢昆布、梅干まである。

「よくこれだけのものを集めましたね」
「あぁ、取り寄せた」
「日本の食べ物にご興味が?」
「岬の生まれ育った国のものだからな」

知っておきたかった、と臆面もなく言うヴィリフリートに、岬はふっと口許を緩めた。
これだけのものを集めるのは容易ではなかっただろうに。

元来の好奇心もあるだろうが、日本人でさえ好き嫌いの分かれる食材にまで躊躇なく手を伸ばして口に運んでいく姿は、彼の言葉を何よりも真実だと語っていた。
さすがに、「美味しい」と言えないものもあったようだが、それは日本人が日本料理を全て好きだと言えないのと同じことだ。
難しい顔をしながらも、黙々と咀嚼していく姿が。
何よりも、自分の故郷の味だから知りたいというその気持ちが、嬉しくないはずがない。

「だからと言って、何も苦手だと分かっているものまで口にしなくとも…」
「“酒”と書いてあったのに、何故甘いんだ」
「饅頭、ですからね。甘いですよ」

一口だけ齧られて放置されている、饅頭。
その傍に落ちていた包装紙には、確かに“酒饅頭”と書かれている。
和菓子だという認識はあったようだが、“酒”という単語に甘いものではないと思ったようだ。
白い饅頭の中にたっぷりと詰まっている餡子の甘さに打ちのめされ、ぐったりとしているヴィルフリートにくすくすと小さく笑う。

「和菓子は甘くないと聞いたことがあるぞ」
「いえ、菓子ですから甘いですよ。クリームや砂糖を使っていない分、それほど甘くないものもありますけれど」
「それはどれだ?」

ローテーブルの端に追いやられていた箱を引き寄せ、その中を指差すヴィルフリートに従ってそこを覗き込めば、思わず感嘆してしまう量の和菓子がぎっしりと詰まっていた。
店にある商品を1つずつ詰めさせたようで、1つとして同じ種類のものがない。
一体誰に買いに走らせたのか。
突拍子もない命令に奔走したであろう誰かに同情してしまう。

饅頭や団子、どら焼き、最中、羊羹、和三盆にすあま。
地方の銘菓まであり、決して安価ではないだろう精巧な芸術品のようなそれらをひとつひとつ手に取る。
岬は日本にいた頃から仕事用のデスクの上に飴やチョコレートを常備しているほどの甘党で、特に和菓子が好きなのだ。
自然と心が弾む。
それも、箱に詰まっている和菓子は、日本にいた頃に好んで足を運んでいた店のものなのだ。
季節の新作であろう菓子を見つけた岬は、子どものように瞳を耀かさせた。

(少し分けてもらおうかな。お茶を買ってから帰ろう)

ドイツでは一時だが日本茶のブームがあり、その名残で上質な日本茶が手に入りやすい。
久しぶりに日本茶を飲みながら和菓子を楽しめる夜になりそうだ、と自然と眦が下がる。

擬音にするならまさしく、わくわく。
楽しそうに和菓子を見つめる岬のその横顔に、ヴィルフリートもまた口角を上げた。

「それ、全部持って帰れよ」
「え?」
「好きなんだろう?支社長が、お前が好きだった店で選んだと言っていた」
「……まさか、支社長にこれを買わせたんですか…」

支社とはいえ、日本国内で有数の大企業のトップに座る者だ。
まさか、内心で同情したのがかつての己の上司だったとは。
本社のお使いを果たすべく走る姿を想像し、遠い海の向こうにある島国に向かって頭を下げたくなった。

「それで、甘くない菓子はあったか?」
「え、えぇ…それほど甘くはないと思いますが、無理をしなくても」
「日本の諺に、“百聞は一見にしかず”っていうのがあるだろう」

食ってみなければ分からない、と言い、ヴィルフリートは岬の手にあった袋をひょいっと奪う。
半分は好奇心で、残りの半分は。
岬が口にしたであろう味を全て知りたい、という渇望を満たすために。

「これは何という菓子だ?」
「煎餅です。味付けは醤油を使っているので、甘くは…ない、とは言えませんが…」
「?」
「甘辛い、と表現する味です」

疑問符を浮かべつつも、やはり経験あるのみと思っているようで、ヴィルフリートはそれを何の躊躇もなく口に運ぶ。
予想以上に硬かったようだが、バリバリと咀嚼している様子を岬はじっと見つめた。

「いかがですか?」
「……不味くは、ない」

だが、醤油の独特な甘さが口の中に残っているようで、眉を寄せているヴィルフリートにようやく抽出の終わったコーヒーを淹れて差し出す。
煎餅とコーヒーという何ともミスマッチな組み合わせだが、常のそれより幾分も濃く淹れたそれは口内に残る甘味を消すにはちょうどいいだろう。

「甘くて辛い、という表現は矛盾していないか?」
「そうですね。ですが、日本料理の味付けには多いですよ。甘辛く煮たり、焼いたり」

不思議な味を好むんだな、と妙な感心をしつつ、ヴィルフリートはふと視界に入ったものを手に取った。
名前は知らないが、花の形をしたそれ。
清楚で小さな白い花が、岬のようだ、と思う。

「綺麗だな」
「え?あ、それは…!」

ローテーブルの上に広げていた和菓子を箱に戻していた岬は、ヴィルフリートが小さな花を口に放り込むのを制止できなかった。
あぁ、食べてしまったか、と思わず額を押さえる。
お前が生まれ育った国の味だからこそ知りたい、と躊躇なく異国の文化を受け入れるその行為は嬉しいものだ。
だが、元来の旺盛な好奇心で初めて食べるものに易々と手を伸ばしてはいけないと言い聞かせよう、と思う。

慌ててコーヒーを飲み干し、それでも口内に残る甘味と戦っているヴィルフリートに、岬は自分のカップを差し出した。

「それは“金華糖”という、砂糖を溶かして形にしてから再度固めた菓子ですよ、社長」
「日本人は恐ろしいものを作るな…」
「色も形も綺麗ですし、私は好きですよ」
「…そ、そうか」
「だからと言って、苦手なものまで受け入れることはありませんからね」
「いや、岬が好きなものだから慣れれば食える」

本当は見るのも嫌だというほど甘いものが苦手な彼のために、激辛煎餅でも取り寄せてみようか。
根拠のない自信を見せるヴィルフリートの空になったカップにコーヒーを注ぎながら、そんなことを考え、ほくそ笑む。

「では、お次は何にしましょうか」
「…覚悟をするから待ってくれ」

和菓子を食べるのに覚悟を決める人など初めて見ますよ、と笑い。
コーヒーでは消せなかった金華糖の甘味から逃げるために、煙草に助けを求めているヴィルフリートをちらりと見上げる。

(苦い香り。でも…)

喫煙者ではない自分にとって苦手だったそのビターな紫煙も、彼が愛飲しているものだと思えば好きになれそうだ。
彼のものと同じように根拠のないそんな自信を感じながら、岬は一口だけ齧られたまま忘れられていた酒饅頭を拾い上げる。
そして、ぱくりと一口。

「美味いか?」
「えぇ、美味しいです」
「…今なら食える気がする」

ぽつりと呟かれたそれに岬が反応するよりも早く、唇が重なる。
紫煙とコーヒーの苦味が甘さと混ざり合う。

もしも、胸に満ちる幸福感に味があったならば、きっと。
甘すぎるでもなく、苦くもないこの仄かで優しい甘さによく似ているに違いない、と思いながら。
あぁ、あなたの苦い紫煙すらも愛しい、とヴィルフリートに身を委ねた。

  不器用なあなたの愛が愛しくて愛しくて


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「岬、これは好きか」「湯葉ですか、好きですよ」「なら、食える」「…その根拠のない自信は何ですか」的なことをいつも執務室でやっていればいいと思う。
こうして社長は、やたら日本食通になっていきます。

2012年9月5日唐突に書き下ろし

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2012-10-11
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