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いざやインフェルノへ Ⅱ

もはや、無意識だった。
無意識の内に、ライはベンチから腰を浮かせていた。

「…et in saecula saeculorum. Amen………」

数多の芸術家たちが一度として具現化することのできなかった、気高く美しい存在。
存外に身近に顕在していたその天使という存在を中心に広がる壮絶なまでに麗しい光景から視線を外すことができず、瞬きも忘れたまま。
甘い花の香りに蝶が誘われるように、全身の細胞に染み渡っていく優しい歌声に引き寄せられる。

(ラファエル…)

初めて唇に乗せた彼の名前を再度心の中で繰り返せば、愛しさが止め処もなく溢れてくる。
低くも高くもない、ひどく穏やかな彼の声が紡ぐ音色がライの耳朶を震わせ、胸に満ちるその感情を包み込む。

(あぁ…美しい、祈りの天使)

目には見えなくともそこにいるというメシアが彼の紡いだ祈りの詩を惜しみ、ひとつひとつの音を拾い上げているかのように余韻が残る。
だが、それは吐息に掻き消されてしまうほど小さなもので。
意識とは関係なく彼に引き寄せられ、また1歩と踏み出したライの革靴の踵が大理石の床を叩いたカツンという乾いた音にそれは掻き乱された。

その不協和音とも言える音はやけに大きく響き渡り、しまった、と思ったときにはすでに遅く。
背後からそれに襲われ驚いたラファエルが、ばっと振り返った。
彼の黒曜石の瞳と、視線が絡む。

その瞬間。
ライは中途半端に踏み出した足を、動かすことができなくなった。

「……ッ!?」

ぽろり、と小さな真珠が黒曜石から生まれ落ちていったのだ。
いや、瞠目した瞳から涙が。

「……」

これほどに美しい涙を、かつて見たことがあっただろうか、とライは目を奪われる。

しばし時が止まり、それを再び動かしたのはどちらだったか。
身を翻そうとしたラファエルが先だったか、駆け寄ろうとしたライが先だったか。
どちらにせよ、穏やかな祈りの詩の余韻は粉々に砕かれた。

「…っ…は、離してくださいッ!」

走り逃げようとしたラファエルの腕を咄嗟に掴み、勢いのまま抱きしめる。
その身体はすっぽりと腕の中に納まってしまい、細さに驚く。
だが、腕の中で暴れる力は相当なものだ。
簡単に手折ってしまえそうなほどに頼りないこの華奢な身体の、一体どこからそれだけの力が出ているのだろうか、と思ってしまう。

「離して!」

血を吐くように叫び、拘束から逃れようと暴れた衝撃で真珠が零れる。
それがライの上等なスーツの上を転がり、濡らした。

「離してください!」
「おい・…」
「私に触らないでッ!」
「おい、落ち着け。ラファエル」
「ッ!?」

地上に堕とされた天使は、やはり空の彼方にあるという神の国を恋しく想うのだろうか。
そんな柄でもないことを考えながら、瞠目させた瞳から音もなく涙を流す青年を見下ろす。

「な、ぜ、私の、名前を…」

黒曜石が零れ落ちてしまいそうなほど驚きに瞠っている表情は、ライが初めて目にするものだった。
あどけない、年相応の顔。
それは聖職者として凛と背筋を伸ばしている姿からは掛け離れた、儚げで、弱々しいもので。
ずきり、と胸に疼痛が走る。

そして、その痛みを抱擁するかのように込み上げてくる、愛しさ。
砂漠で水を求めるよりも、貪欲に。
花が陽光を望むよりも、強く。
業と罪に醜く穢れた心が、この目の前の青年を欲する。

力で屈服させ、その身体を手に入れるのではない。
心を。
目には見えないが、美しい光を放っているに違いないその心を、手に入れたい、と。
己の全てを賭けて愛したい、と渇望する。

「ラファエル、お前は何を祈る?」
「え…?」

滑らかな白い頬を濡らす涙を指先で拭い、洗ったとしても決して流せない血に塗れた掌をそこに宛がう。
心のどこかで、「自分が触れることで彼を穢してしまうかもしれない」と危惧していたもう1人の自分に緊張が走った。
だが、たとえ血に塗れようが損なわれることのない確乎たる美しさを前にして、内心で安堵する。

「な、何を、一体…」
「お前は、何を願う?」
「っ、と、とにかく離してください!」

ふっと我に返った途端、頑なに拒絶する細い腕に苦笑する。
声を荒げることはないが、全身で拒むその姿はまさに手負いの小動物が小さな身体で必死に牙を剥いているかのようだ。

「ラファエル、」

腕の中で逃れようと必死にもがく身体を抱き込んだまま、苦笑を乗せた唇を開く。

「マフィアが、憎いか?」

びくり、と薄い肩が跳ねる。

「マフィアが…俺が、憎いか?」

強張った身体を解放してやり、懐に手を入れる。
鈍く黒光りする鉄の塊を取り出せば、それを見ていたラファエルの双眸が初めて揺らぐ。

「お前の養父を殺したマフィアであるこの俺を、殺したいか?」

ラファエルの手にあった分厚い聖書が、ドサっと音を立てて落ちた。
驚いているような、悔しがるような、複雑そうな瞳で睨みつけてくる。
顕著に変わることのない表情の代わりに、彼の瞳は随分と饒舌なようだ。

「恨んでいるか?」

キッと睨みながら、しかし、ラファエルの足は初めてライから退いた。
逃げるように1歩、また1歩。
その背中が燭台に当たり、ぐらりと不安定に揺れた。

ライはじりじりと後退していく彼を追い、初めてプレデッラに足を乗せる。
罪と業と血に塗れた身体で踏み入っていけない、絶対的な聖域を侵した。

「憎悪しているか?」
「…あなたに、あなたなんかに、何が分かると言うんですか!」

非道だ、悪魔だと、蔑むような眼は幾度となく向けられてきた。
だが、これほどに純粋な、闇よりも深い闇にある冷酷な色を見たのは初めてだった。
限りなく清らかな、殺意。

精緻なバランスでもって構成された端整な容貌は、人形のように冷たい表情のままだ。
だが、黒く渦巻く感情に支配されたその饒舌な瞳はひどく人間くさい。
殺意だろうが憎悪だろうが、真っ直ぐに自分に向けられるそれを愛しいと思う。

「あなたなんかに、分かるはずがない!」
「あぁ、確かに分からないな。だが、分からないからこそ、知りたいんだ」
「……な、何故…です、か…」
「お前こそ、そんなことも分からないのか?」

他人に執着され、知りたいと渇望される。
その根源にある感情に気付いていないのか。
それとも、その名前を知らないのか。
首を傾げて訝しげに見上げてくるラファエルに、ライはゆっくりと単語を紡いだ。

「お前を、愛しているからだ」

自分にはあまりにも不釣合いな、初めて唇に乗せる言葉の羅列。
だが、それは存外に滑らかに紡がれ、ラファエルの耳に届けられた。

飾りのないシンプルな言葉だ。
しかし、ラファエルがそれを理解するには何拍か要したようで。
咀嚼して何とか嚥下する様子をじっと見守る。
こくん、と白い喉が何かを飲み込み、そうしてようやく黒曜石の瞳を驚きに瞠目させたラファエルに小さく笑う。

「生憎、俺はそんなに暇じゃないんだ。それなのに、こうして部下も連れずにお前に会いに来る理由がそれ以外に何がある?」
「…………」

じりじりと後退していくラファエルの右腕を掴み、ライは徐にその場に片膝を付いた。
そう、跪いたのだ。
組織のトップに立ち、王として君臨する男が。

さすがのラファエルも、それがあってはならないことだと分かる。
戸惑いと混乱に、自分の腕を掴む彼の手を振り解くのも忘れる。

「ラファエル」

教えた覚えのない自分の名前を、さも愛おしそうに紡ぐ。
拒む言葉を発することもできずにいると、彼に捕らわれた右手に何かが触れた。
冷たく硬い、何か。
思わずそれに視線を落とし、ラファエルは息を飲んだ。

狂気を秘めた凶器が。
銃が、自分の右手に握らされていた。

「マフィアが憎いか?俺が憎いか?」
「………」
「復讐したいか?」

銃を握らされた手が、ぐいっと引かれる。
ライの手によって、その銃口が彼の左胸に押し当てられた。

「俺を殺せ」

誰かに奪われるのなら、手に入らぬのなら、失うことになるのなら。
いっそ、その手で葬られたい。

ラファエルは、自分の足元に跪き、恭しくも狂おしげに願いを口にするライを見下ろすことしかできなくなる。
今、ほんの僅かに指を動かせば。
慈しみ育ててくれた養父の命を奪ったものと同じ凶器で、自分から養父を奪った世界の人間を殺すことができる。
復讐を考えなかった言えば、嘘になるだろう。
憎み、恨みもした。

だが、しかし。
真っ直ぐに見上げてくる宙色の双眸に射抜かれたラファエルは、トリガーにかかった指を動かすことができなかった。

「…何故…どうして…ッ」

眦から、溢れた涙が零れる。

「憎い、はずなのに…っ!嫌いなのに…どうして…!」

どうして、どうして。
引き金が引けない。
殺せない。

宙色の、何もかもを抱擁してしまうかのような海容の優しげな瞳に見つめられ、この人は殺せない、と頭の中で誰かが叫ぶ。

「憎めばいい。恨めばいい。だが俺は、お前を愛している」

汚れを知らない無垢な存在かと思えば、驚くほど憎しみに満ちた冷酷な一面を持つ。
牙を剥いたかと思えば、捨てられた仔猫のように怯え震える。
必死に虚勢を張る凛とした姿は壮絶なまでに美しく、涙する姿は儚く気高い。
かと言って、か弱いわけではない。

彼はガラス細工と同じだ、と思う。
繊細でいて、その実容易に割れることのない上等なガラス細工だ、と。

「あなたの言うことなど、信じられると…思いますか?」
「信じろ」

あの日。
何者にも蹂躙することのできない力強い光を放つ彼と対峙した、あの瞬間。
そんなガラス細工のような美しさに、細胞が揺さぶられた。
誰であろうが、所詮は同等のものでしかなかったというのに。
あの瞬間、意識の干渉できない深い部分が。
言うなれば本能が、誰でもない“ラファエル”という存在を欲したのだ。

あの強い光を宿す瞳に、俺を映したい。
祈りの言葉を紡ぐあの唇が、俺の名前だけを紡げばいい。
そんな醜い征服欲と同時に込み上げたのは、紛れもなく、愛しいとざわめく激しい恋情だった。

「お前は、俺だけの天使であればいい」
「…そんな、勝手なことを、言わないでくださいっ」
「マフィアに倫理を求めるのは無理な話だな」
「マフィアも、あなたも嫌いです!」

瞳を濡らしながらも、精一杯の虚勢を見せる。
いじらしいまでに健気なその姿に、愛しいと思わずにはいられない。

「俺は愛している」
「嫌い、です」
「愛している」
「きら、い…」

甘い言葉を返されているわけではない。
むしろ、罵られているのだが、ライは胸の中にぬるま湯のようなものが広がっていくのを感じた。
それが情愛だと、誰かが耳元で囁いた声が聞こえた。

「これほど愛しているのに、まだ信じないのか」
「私は、あなたなんて嫌いです」

言葉で抵抗しつつも、トリガーを引かないラファエルに口許を緩める。
人を殺すことに躊躇しているわけではない。
もしも、彼の中で引き金を引く明確な理由が生まれたとき、彼は何の躊躇もなくそれを引くだろう。

人が人の命を奪うことに、理由を付けて正当化することなどあってはならない。
ましてや、命を陵辱することなど神でさえも許されないことだ。
人としては、間違っている。
だが、彼はあらゆる罪や業を背負った上で、引き金を引くだろう。
自分が愛しているこの青年はそういう人間だ、と妙な確信をしながら、自分を「殺せない」と饒舌に語る双眸を見つめたまま、彼の右手を銃ごとそっと握る。

「お前が俺を殺したいと思ったとき、俺は喜んで殺されてやる」

ファミリーの長として誰よりも厳格に掟という鎖に縛られている“ボス”である自分には、決して許されないことだ。
しかし、器用な愛の言葉は知らない。
真摯な愛の言葉など持っていない。
だから、これが今自分が言うことのできる最上の愛の言葉だ、と続ける。

「お前を、愛させてくれ」

信者の懇願を静かに聞き届けているかのように、ラファエルの双眸が自分を映す。
憎悪はなく、穏やかな闇色だけがそこにあった。

「ラファエル、」

唇に乗せたその音は、ひどく優しい声音となって空気を震わせた。
自分はこれほど穏やかに誰かの名を呼ぶことができたのか、と思う。
しかしその驚きは巧妙に隠し、逸らすことなく見つめ返してくる瞳と真っ直ぐに向き合う。

「生憎、俺には誓いを捧げる神がいない」

だが、と一呼吸置き、真摯に見つめたまま続ける。

「神はいないが、天使ならいる」
「?」
「お前だ、ラファエル」

大天使と同じ名を授かった、地上の天使。
神の祝福と加護を一身に受けることを赦された、黒衣を纏うこの青年。

「何度でも誓おう」

それでも信じられないと言うのなら、至高の青い薔薇を探す旅に出ることも厭わない。

「お前を、愛している」

荒野を越えた地の果てへでも行ってやろう。
それが、偽りのない想い。

状況が上手く飲み込めていないのか、現実を受け入れられないのか。
戸惑いをぶつける先を探すように、胸元のロザリオを左手でぎゅっと握りしめるラファエルの足元に跪いているライは、彼の右手の甲に唇を寄せた。
それこそ、聖職者のように。
あるいは、中世の騎士が王にそうしたように。

「お前に、限りない愛を捧げよう」
「何を…勝手なことばかり……」
「ここまで堕ちてこい。天国よりも魅力的な、地獄へ」

悪魔に浚われた天使、というのもなかなか艶美ではないか。
穢れた世界に飲み込まれまいと必死に足掻くその姿も、鮮烈なまでに美しいに違いない。

ライは、祭壇を背にする彼を仰ぎ見、「見せてほしい」と続けた。
這い上がることのできない地の底に差した、その光を。
どこまで、輝き続けるのか。
どこまで、美しくあるのか。
血に塗れながら生きていくことしかできない、この自分に。

「あなたなんて、嫌いです…」
「惚れさせてやるよ」
「権力ではどうにもならないこともあるんです」
「俺は気が長いんだ。何年でも何十年でもかけてやるさ」

時間をかける気はないが、と内心で付け加える。
そうして、絶句しているラファエルの右手が持つ自分の愛銃を己の左胸に突きつけたまま、持ち得る全てを捧げるかのように。
祈りを捧げるかのように、愛の言葉を紡ぐ。

「愛している、俺だけのラファエル」

祈る神などいない。
だが、祈りを捧げるべき存在ならいる。
血塗れた手で触れても穢れることのない、いや、血塗れになりながらも凛と立つ、翼のない黒衣の天使が。

「さぁ、闇よりも深いこの闇に堕ちてこい」

そこにあるのは、甘美な罪。
救世主に肩代わりなどさせるわけにはいかない、至福の罪過がある。

無言で自分たちを見下ろす救世主を、ちらりと見やる。
そして、それに見せ付けるかのように、ライはラファエルの唇を塞いだ。

  悪魔が差し出す白い薔薇の甘い芳香が、天使を優しく抱擁した


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***
ボス、人生初の一目惚れ。
司祭さんが跪いているボスに銃を向けるシーンが書きたかったがために、勢いだけで書き散らかしたらこうなりました。
ボスが司祭さんに罵られて嬉しそうなのは、Mだからではありませんよ。
断じて違いますよ。うん、きっと…多分…いや、ちょっと自信なくなるからあまり追及しないで。

インフェルノ(inferno/イタリア語)=地獄
2009年2月26日勢いだけで初出/FC2小説から回収&修正して2012年10月11日収納


*ブラウザバックでお戻りください


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2012-10-11
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